長沢慎一郎|Cores of the Artist

Jul. 16. 2026

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さまざまな雑誌やメディア、広告などで活躍するフォトグラファーたち。彼らはどのようにして写真と向き合い、撮り続けているのでしょうか? 活動を続ける上での「中核」となる価値観について、詳しくお話を伺います。

今回は、広告写真で活躍しながら、小笠原・父島の先住民たちを撮影した作品『The Bonin Islanders』で注目を集め、次作となる『Mary Had a Little Lamb』では第49回木村伊兵衛写真賞を受賞した、長沢慎一郎さんにインタビュー。作品にかける想いや、写真との向き合い方、今後のキャリア形成などについて、詳しくお話を伺いました。

Shinichiro Nagasawa

Photographer

1977年東京生まれ。2001年藤井保に師事、2006年独立。2007年に雑誌で見た小笠原・父島の約100年前の先住民の写真に衝撃を受け、翌年より『The Bonin Islanders』の制作に取り組む。2021年に13年の年月を経て写真集『The Bonin Islanders』(赤々舎)を出版。2022年に続編となる『Mary Had a Little Lamb』(赤々舎)を出版し「第49回 木村伊兵衛写真賞」を受賞。

広告写真の仕事と作家活動の両立を考えていたキャリアスタート

Oaxaca Lucha Libre
『Oaxaca Lucha Libre』より

―― 写真家として独立され、今年で20年となる長沢さん。写真をはじめられたのはいつ頃でしたか?

高校時代にスケートボードをしていて、友達同士で写真を撮り合ったりしていたので、写真自体はその頃から撮っていたのですが、本格的に取り組み始めたのは、写真の専門学校に進んでからです。進学理由も「やりたいことがほかに見つからないから」という感じで、当時はそれほど熱心に「写真の仕事に就きたい」と考えていたわけでもなかったのですが、暗室で作業をしたり、専門的なことを学んでいくうちにおもしろさを感じるようになって、「これなら一生の仕事にしていけるかも」と、写真の道に進んでいくことを決意しました。

―― 卒業後はスタジオ勤務を経て、藤井保さんに師事し、独立後から現在まで広告分野で活躍されてきましたが、キャリアとしては広告写真家を理想としていたのでしょうか?

僕は専門学校時代に、アメリカの写真家であるリチャード・アヴェドン氏について知り、少なからず影響を受けていたのですが、彼が、ファッションフォトグラファーとして活躍しつつ、作家としての作品づくりにも積極的に取り組んでいた方だったんです。卒業後に出会った藤井さんや(兄弟子である)瀧本幹也さんも、商業の世界で活躍しながら作品づくりをされていましたし、僕も同じような形で、広告写真の仕事と作家活動を両立できたらと考えていました。

長沢慎一郎
『Oaxaca Lucha Libre』より

―― 当初から、パーソナルワークとクライアントワークの両立を考えていたのですね。それぞれの撮影において、意識的・技法的な違いはもたせていましたか?

撮影するという行為でいえばどちらも同じですが、目的がまったく異なるので、必然的に意識的な違いは出てきますよね。技法的なことでいうと、あえて「仕事と作品とで使う機材を変えよう」だとか「撮り方を変えよう」とは考えていませんでした。

たとえば、『The Bonin Islanders』では、大きくプリントしたい、アオリを使って撮りたいというのもあってシノゴ(大判カメラ)を使っていますが、『Mary Had a Little Lamb』では、真っ暗な倉庫の中を撮影できるようデジタルカメラを活用しています。クライアントワークでも同様に、先方からのリクエストや被写体、シチュエーションなどに合わせて、適宜機材を選んでいるという感じです。

「なぜ知らなかったのか」「知らないままでいいのか」と、作品を通じて問いかけ続ける

The Bonin Islanders
『The Bonin Islanders』より

―― 小笠原・父島の先住民の写真を目にし『The Bonin Islanders』の制作に取り掛かる以前にも、2年ほどかけてメキシコに通いルチャ・ドール(男性のプロレスラー)を撮影するシリーズを続けられていましたよね。どちらにも長期的かつ密着的な制作という共通項があるように思いますが、ご自身の中に通底するものはありますか?

僕の作品づくりは、小笠原との出会いによって大きく変化しているので、ルチャ・ドールのシリーズとは少し意味合いが違うように思います。というのも、ルチャ・ドールは、覆面をつけた姿と外した姿のギャップに人間的なおもしろみを感じて撮影を始めたものだったので、ほかの作品とは、制作における意識が大きく異なるんです。

『The Bonin Islanders』や『Mary Had a Little Lamb』は、自分が日本・東京に生まれた身でありながら、“小笠原・父島に欧米系の先住民がいた”“そこにはかつて核弾頭が隠されていた”という事実をまるで知らなかったことに衝撃を受けて「どうして知らなかったんだろう」「なんで見えていなかったんだろう」という疑問を持ちながら、自らの“見えていなかったもの”に焦点を当てるという意識で制作したものです。今は別のプロジェクトに取り組んでいますが、それは在日米軍が航空交通管制を行っている「横田空域」にフォーカスしたもので、やはり“僕の知らなかった・見えていなかったもの”という点では同じ。小笠原との出会い以降、それが自分の作品づくりの動機になっています。

たしかにどの作品も長期的に制作したものではあるんですが、単に「時間がかかってしまった」というだけで。ほんとうは、もっと短期間で完成させたいんですよ(笑)

―― あえて時間をかけていたわけではなかったのですね。制作に時間がかかってしまうのは、なぜなのでしょう?

地政学や歴史を理解するため、入念にリサーチしなければならないというのもありますが、ほかにも理由はいろいろとあります。

『The Bonin Islanders』を出版するまでには13年もかかってしまいましたが、欧米系島民のコミュニティに入っていくまでにすごく時間がかかってしまったことが、まず大きな理由としてあります。彼らは政治に翻弄され続けた存在で、小笠原諸島がアメリカから日本に返還されたときには、たくさん写真を撮られて、あること・ないことを記事に書かれるという、苦い経験をしています。だから僕がはじめて父島で撮影しようとしたときにも「俺たちは見せ物じゃない!」と拒絶されてしまったことがありました。その不信感を晴らしてもらうべく、信頼関係を築いていくのには、やはり時間が必要でしたね。

加えて、僕自身が彼らの一人が言っていた「自分たちは“小笠原人”だ」という意識を理解するまでにも、相当な時間がかかってしまった。彼らのことを撮りながらも「それって、どういうことなんだろう」とずっと考えていたのですが、あるとき出生証明書を見せてもらって、人種区分として「Bonin Islander(小笠原人)」と記されているのを見て、アメリカ人でも日本人でもない、小笠原人であるという彼らのアイデンティティを、深く感じることができたんです。作品の制作をはじめてから、すでに8年が経過した頃でした。

長沢慎一郎
『The Bonin Islanders』より

―― 現在も横田空域を取り上げた作品を制作中とのことですが、『The Bonin Islanders』以降の長沢さんの作品は、いずれも、戦後の米軍と日本の不条理な関係を想起させるものとなっていますよね。センシティブなテーマを扱うことに、怖さのようなものを感じることはありませんか?

それはあまり感じないですね。たしかに、僕自身が知らなかった・見えていなかったものに焦点を当ててはいますが、どれも告発的な作品ではなくて。小笠原人のことも横田空域のことも、もっといえば父島に核弾頭が格納されていたことも、教科書に載ってはいないけれど、調べれば誰でも辿り着ける出来事ですから、自分としては「隠されていたことを暴いてやった!」という意識はありません。どちらかというと、僕が作品を通して届けているのは「自分たちはなぜ知らなかったのか」「知らないままでいいのか」という、鑑賞者への問いなんです。

長沢慎一郎
『The Bonin Islanders』より

―― 今後も、ご自身や鑑賞者へ問いかけるような作品づくりは、継続されていくのでしょうか。

とりあえず、当面は今取り組んでいるプロジェクトに全力を注ぎたいと思っているけれど、そのあとどうなっていくのかは、まだわかりません。これまでの作品制作のきっかけは、日常のなかでふと知った「そうだったの?」という驚きの出来事にあったので、またそういうものに出合ってつくり始めるかもしれませんし、まったく違うものに興味が湧いてしまうかもしれません。

横田空域を撮ろうと思ったのも、4年ほど前に、地元・八王子の不動産屋さんから「空がアメリカのものだから、ここらへんは、建物に高さ制限が設けられているんです」と聞いたことがきっかけでした。たしかに地元の空を思い返してみると、日本のジェット機はすごく高いところを飛んでいる一方で、在日米軍の飛行機やヘリコプターは、いつも低いところを飛んでいた。その光景を当たり前に思っていたけれど、深く考えてみたことはなかったなと思って、いろいろと調査しながら、この作品をつくることにしました。そんなふうに、日常のふとした会話が、作品のきっかけになっていたりするんですよね。

―― 現在の長沢さんは、名実ともに、商業フォトグラファーと写真家との境目に位置する存在かと思いますが、ご自身としては今後のキャリアをどのように描いていますか?

今後は、作家としての活動の比重を大きくしていくことになると思います。商業の畑で育ってきた人間ですし、最初から「作家でやっていこう」と目指していたというわけではなかったのですが、やはり「木村伊兵衛賞」は、小笠原と出会い作品に真剣に取り組み始めてから、ずっと目指していたものではあったので、受賞には感慨深いものがありました。これからも作家として「何気ない風景のなかに意味を込め、鑑賞者に問いかける」という作品づくりに注力していきたいと考えています。

小笠原での作品制作は『Mary Had a Little Lamb』で一旦完結した形ではあるのですが、2作品を通じて、小笠原の観光局からお声がけいただいたり、僕のようにこの島を取り上げたいと考えているクリエイターとの付き合いが生まれたりもしているので、今後は違った形での関わりも増えていくと思います。2年後には小笠原諸島返還60周年、4年後には入植200周年を控えていますし、何かしらの形で関わっていきたいですね。

長沢慎一郎
『The Bonin Islanders』より

写真に出合わなければ知らなかったことがたくさんある

The Bonin Islanders
『The Bonin Islanders』より

―― これまで活動を続けてきたなかで、スランプに陥ったことはありますか?

正直にいうと、ずっと苦しいというか、悩んでいるような状態ですよ(笑)。先ほど、作品づくりに時間がかかってしまうという話をしましたが、そのあいだには、撮った写真の中からどれを選ぶべきか悩んだり、作品の意味そのものと向き合ったり、すごくもがいています。たまに評価してもらえるようなことがあると「やっぱりがんばろう」と励まされますけどね。

―― 写真を撮ること自体がイヤになる、という経験はありますか。

それは一度もないですね。日常的に写真を撮っているような写真家だったら、カメラや写真から距離をとりたくなるのかもしれないけれど、僕は生活のなかではほとんど写真を撮らないんです。仕事のためでも作品づくりでもない、目的のない写真を撮ったとして「これをどうすればいいんだろう」と思ってしまう。おそらく、僕にとっての写真は表現の手段のひとつで、カメラはそのためのツールだから、写真を撮ることへのスランプというのは、まだ経験していないのかもしれません。

The Bonin Islanders
『The Bonin Islanders』より

―― もし長沢さんが写真に出合っていなかったとしたら、べつの手段で何かを表現されていたのでしょうか。

それはどうでしょう? 写真を撮っていなかったら、僕が小笠原人の方々について知ることも、彼らのことを何かしらで取り上げようとすることも、おそらくなかっただろうと思いますよ。

僕が小笠原人の存在を知ったのは、ある雑誌に載っていた、小笠原人の方々を撮影した古い写真がきっかけでしたが、その写真に目を引かれたのも、その後に「この場所を、この人たちを、自分が撮らないと」と強い使命感に駆られたのも、それまでに写真を撮っていたから。写真をやっていなければ知らなかったことがたくさんあると思うので「写真に出合えてよかった」と、心から思います。

やりたいことや撮りたいものがあるのなら、とにかく続ける

長沢慎一郎
『Mary Had a Little Lamb』より

―― 情報革命による生活様式の変化、さらには生成AIの発展など、写真家を取り巻く環境のめまぐるしい変化について、長沢さんはどのように感じていらっしゃいますか?

たしかに、すごい変化ですよね。おもしろいと思う。僕はあまり「写真とはこういうものだ」と定義づけていないタイプなので、AIに対しても、そこまでの拒絶感をもっていないんです。もともと「写真は真実でもなんでもない」と思っていますし……。写真だって、真実だけを写し出せるというわけではないですからね。

長沢慎一郎
『Mary Had a Little Lamb』より

―― ご自分の足でリサーチをして、現地を訪れて、時間をかけて制作するという長沢さんのスタイルは、生成AIとは対極にあるように思いますが……。

そもそも、写真というものが生まれる以前には、現実の世界を視覚的に残す役割というと、主に絵画が担っていたじゃないですか。ところが、写真というものが登場すると、その瞬間の印象を捉えた“印象派”の画家が台頭したりして、変化を重ねてきたわけです。そして近年では、生成AIというものが出てきた。それらはみんな、同じ流れのなかにあるように感じています。だから僕は、わりとフラットな目で見ていますね。

僕の作品がニュートラルなものだから、そう感じるというのもあるかもしれません。視覚的な美しさを追求した写真や、視覚に頼った写真を撮っている人にとっては、それこそAIは脅威でしょうけれど、僕の写真は、バックボーンがあってこそ成立するもの。『Mary Had a Little Lamb』だって、ただ写真を目にしたときと「この場所にはかつて核弾頭が隠されていた」という事実を知ったときとで、印象がまるで変わってきます。僕が撮っているのは、そういった「風景に意味をもたせる」写真なので、生成AIでできあがるものとは、少し類が違うんだと思います。

長沢慎一郎
『Mary Had a Little Lamb』より

―― 最後に、写真家を志す次世代の方々へ、アドバイスをいただけますか。

うーん……。僕は最近、出身校や日藝(日本大学芸術学部)、工芸大(東京工芸大学)などでフォトレビューをさせてもらったりしているのですが、今の学生たちはみんな、僕が専門学生の頃なんかよりも、ずっとちゃんとやっている気がするんですよ(笑)。僕は学生時代「何をしたらいいのかわからない」という感じで、バシバシ写真を撮ったりもしていなかったし、フォトレビューもぜんぜん受けなかった。だから、そんな僕からのアドバイスというと、何を言えばいいのか難しいのですが……。

やはり、続ける、ということが一番大事なんじゃないでしょうか。どんなことをしながらでも、自分の作品をつくり続けることはできますから、やりたいこと、つくりたいものがあるのなら、とにかく続けていくこと。僕からいえるのは、そのくらいですね。

by Shinichiro Nagasawa

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