須田卓馬|Cores of the Artist

May. 14. 2026

SHARE

  • xでシェア
  • lineでシェア

さまざまな雑誌やメディア、広告などで活躍するフォトグラファーたち。彼らはどのようにして写真と向き合い、撮り続けているのでしょうか? 活動を続ける上での「中核」となる価値観について、詳しくお話を伺います。

今回は、テレビドラマ・映画・舞台のキービジュアルや、広告、雑誌、webメディアなどで活躍する須田卓馬さんにインタビュー。ポートレート撮影において意識していることや、フォトグラファーとしてのご自身を支えるライフワークなどについて、詳しくお話を伺いました。

Takuma Suda

Photographer

東京出身。カッシオ・マッキャンベラ氏に師事。2007年独立。現在は、主に雑誌、webなどでポートレートを中心に撮影。20年間に渡りライフワークとしてイランに住むアフガン難民の女性、ファラシュテの成長を撮影している。
2016年 写真展「Fereshteh -13years in Iran-」at ソニーイメージングギャラリー銀座
2022年 写真展「See you again.」at ソニーイメージングギャラリー銀座
2024年   書籍「ポートレートフォトグラファーのライティング設計図」発売
2025年 NHK朝の連続テレビ小説「あんぱん」のメインビジュアル撮影担当

キャリアのスタートはフォトジャーナリスト。ポートレート専門へシフトした理由

須田卓馬
イスタンブール トルコ(2010年)

―― 写真の仕事をはじめられてから20年目になるという須田さん。写真をはじめられたきっかけはどのようなものでしたか?

写真自体には子どもの頃から興味があって、中学生になると一眼レフをお年玉で買い、星空や、近所の競馬場の馬などをよく撮っていたのですが、本格的に写真というものにのめり込むようになったのは、バックパッカーとして旅をするようになってからです。

高校2年生のとき、ノンフィクション作家の沢木耕太郎さんの小説『深夜特急』を読んだのをきっかけに「旅に出たい!」と思い、初めてひとりでバックパッカーとしてネパールを訪れました。はじめは訪れた土地の風景を多く撮っていましたが、だんだんその土地に住む人を撮ることに夢中になっていって。旅をすること、そして旅先で写真を撮ることにのめり込んでいき、大学在学中も「卒業後はフォトジャーナリストになりたい」と考えるようになりました。

―― キャリアのスタートはフォトジャーナリストだったのですね。キャリアを転換し、商業フォトグラファーとなられたきっかけは何だったのでしょうか。

須田卓馬
カラカルパクスタン ウズベキスタン(2017年)

大学卒業後はインデペンデントプレスの後藤健二さんに師事し、企画書の書き方や取材の組み立て方を教わったり、取材地の通訳者やドライバーの紹介、携帯電話の手配などをいただきながら、実際に単身でアフガニスタンを訪れました。

当時はタリバン政権が倒れ、カルザイ政権が誕生した直後。各地に避難していたアフガン難民が国に戻ってくるというタイミングだったこともあり、国内避難民キャンプなどを取材したのですが、なかなか悲惨な状況で……。小さなテントの中で窮屈そうに暮らす家族や、ゴミ山で拾ったものでお金を稼ぐ幼い子どもたちの姿を目の当たりにしながら「これを生涯の仕事にするのには相当な覚悟が必要だ。僕にはつらすぎる」と思ってしまったんです。それで、後藤さんのもとを離れ、商業フォトグラファーの道へ進むことに決めました。

その後は郵便局のアルバイトをしながら機材費などを貯めていたのですが、ある日、配達先のスタジオで、ファッションフォトグラファーであるカッシオ・マッキャンベラさんのアシスタント募集の貼り紙を見つけて。当時の僕はファッション撮影の経験もなかったので、旅の写真をまとめたポートフォリオを持ってアシスタントに応募したのですが、彼もバックパッカーの経験があったらしく、意気投合して、アシスタントに採用してくれました。彼のもとでさまざまなことを学びながら、2007年に独立しました。

―― 独立後はファッション撮影が主だったそうですが、ポートレート撮影を専門にされるようになったのはなぜですか?

はじめはファッション誌などでお仕事をさせていただいていたのですが、30歳を迎える頃に「このままだと仕事がなくなりそうだ」と危機感を抱くようになったんです。というのも、自分自身にカメラマンとしてのスキルがぜんぜん足りていなかった。もっと技術を身につけないといけないし、この先も写真の仕事を続けていきたいのならほんとうに自分が好きなジャンルでやっていくべきだと感じて、思い切ってポートレート専門にシフトしました。

須田卓馬
カラカルパクスタン ウズベキスタン(2017年)

―― 今や須田さんは商業フォトグラファーとして第一線で活躍される存在ですが、キャリアをシフトされてから、ターニングポイントとなる案件があったのでしょうか。

ふり返ってみると、お仕事の一つひとつを丁寧に積み重ねていった結果が今につながっているのかな、と思います。

ただ、キービジュアルの撮影依頼をいただけるようになったきっかけとしては、一つ思い浮かぶ案件があります。とある舞台のキービジュアルで、もともと担当されていたカメラマンの方が来られなくなったそうで、急遽助っ人として呼ばれたことがあったんです。

先にロケ撮影されていた写真に合成するために、スタジオで数名の役者さんを撮らなくてはならず、ロケの光を再現できるようにライティングを組んで、試行錯誤しつつ撮影しました。大変ではありましたが、なんだか腕試しされているようで、なかなか楽しかったです(笑)。もちろんその案件自体は自分の実績として残せるものではなかったのですが、そのときにご一緒したアートディレクターの方が、その後舞台のキービジュアルのご依頼をくださったんです。それを契機に、舞台や映画、ドラマのキービジュアルのお話を少しずついただけるようになっていきました。

ポートレートフォトグラファーとしての武器

Shigekix
Shigekix(『DIME 2024年11月号』より)

―― 2024年にはライティングのハウツー本『ポートレートフォトグラファーのライティング設計図』(玄光社)を刊行されるなど、ライティング技術の高さからも注目を集める須田さんですが、どのようにスキルを磨いていったのですか?

先ほど、自分の未熟さからフォトグラファーとしての将来に不安を感じた話をしましたが、その時期に改めてライティングについて勉強しようと決心したんです。僕がアシスタントをしていた頃に比べ、インターネット上にもたくさんの情報があったので、海外のフォトグラファーのメイキング撮影を片っぱしから見たり。ライティングのワークショップに参加したりもしましたね。

「noteでライティングに関する記事を毎月最低2本は発信する」という試みも、かなり自分を成長させてくれたと思います。定期購読マガジンとしてお届けしていたので、ネタがなくならないためにも、仕事で常に新しいことを試したり、勉強を続けながら知識をアップデートさせる必要があったので。それを5年ほど続けたおかげで、ライティングに関してはかなりスキルアップできたと思います。

―― 現在はさまざまな媒体でタレントの方々のポートレート撮影を担当されていますが、短い時間・限られた条件での撮影も少なくないとか。そのようなシチュエーションでは、どのように対応されていますか?

本木雅弘
本木雅弘(『NHKウイークリーステラ 2020年2/7号』より)

そうですね。タレントの方々はやはりお忙しいので、「撮影時間が5分程度しかない」、「自然光の入らない場所でしか撮れない」といったことはよくあります。

そんななかでひとつ大きな武器になるのは、やはりライティングの技術じゃないでしょうか。僕はライティングの勉強をするうちにバリエーションを身につけることができたのと、そのために必要な機材を自分で所有しているので、わりと柔軟に対応することができるんです。

撮影時間の短さに関しては、もともとあまり気にならないんですよね。むしろ「短い時間で撮ったものが長く残り続ける」ということこそ写真の醍醐味だ、と思っています。僕の写真のスタートは旅写真ですが、旅先で出会った方の写真を撮らせてもらっていた頃、その方と過ごした時間はごく短くても、写真はずっと残り続けるということに、魅力を感じていたんです。雑誌やwebメディアなどに載る取材写真というのは時間と共に流れていってしまうものだけれど、そのなかでも長く愛され続ける写真というのはあるはずなので、そんな写真が撮れたら、とずっと思っています。

―― 限られた時間のなかでタレントの方のいい表情を引き出すために、意識されていることはありますか?

山﨑七海
山﨑七海 (「山﨑七海1年プロジェクト(2024年)」より)

元気に挨拶をして、しっかりと自己紹介すること(笑)。当たり前のことではあるのですが、それだけにすごく大切だと思うんですよね。先日、webメディアの取材の際、試写室で撮影の準備をして待機していたら、取材対象の女優さんが「こんにちは!」と大きな声で挨拶しながら中に入ってきてくれたんですよ。その瞬間に心がふっと解きほぐされて「やっぱり挨拶って大事だなあ」としみじみ感じました。

あとは、意識していることでいうと、師匠からの受け売りではあるのですが、撮影中にはなるべく持参したスピーカーから音楽をかけるようにしています。どんな曲かはそのときによってさまざまで、撮影したいイメージに合わせた曲をかけることもあれば、事前にリサーチしておいた、そのタレントさんの好きな曲をかけることもあります。

タレントさんがテレビ局での収録の合間に取材に応じてくださる場合、スタジオにさまざまな媒体のカメラマンが集まって、それぞれに設けられたブース内で、5分程度という短時間で撮影を行うのですが、タレントさんも短い時間で次々に取材や撮影に応じるわけで、半ば流れ作業のようになってしまい、気持ちが追いつかないのではないかと思うんです。そんなとき、音楽が流れているブースにたどり着くと、少しリラックスできたり、テンションを上げることができるんじゃないかと。もちろん、無音のほうがいいという方がいればそのように対応しますが、そうでなければ、なるべくささやかなボリュームでも音楽は流すようにしています。

心を強くもてるよう支えてくれるのは、ライフワーク「ファラシュテ」

須田卓馬
7歳の頃のファラシュテさん(2003年)

―― ライフワークとして、アフガン難民の少女・ファラシュテさんを撮影し続ける活動を、20年以上にわたり続けられていますよね。彼女との出会いはどんなものだったのでしょう。

彼女とは、大学4年生の頃、アフガニスタンへ渡るために訪れたイランのマシュハドで出会いました。旅の途中で親しくなったイラン人の家族が働くカフェを訪れたとき、店の前で、通行人に体重計を貸してお金を稼いでいる女の子がいたのですが、それがファラシュテでした。

そのときファラシュテは、商売道具である体重計の上に乗り、カフェから漏れる灯りを頼りにしながら、勉強をしていました。路上で働く子どもたちと出会ったことは、それまでに何度もありましたが、彼女のように勉強をしながら働いている子は見たことがなかった。懸命に学ぶその姿に品格を感じ、「この子がどんな大人になるのか見てみたい」と思ったのが、そもそものはじまりでした。

出会った頃7歳だったファラシュテも、今は29歳になり、昨年結婚したそうです。こんな情勢で結局延期になってしまったけれど、もともとは今年結婚式を挙げる予定で、僕のことも招待してくれていたんですよ。大人になった今も彼女は魅力的で、僕が生きている限り撮らせてほしい存在なのですが、改めて彼女との出会いや縁をありがたく感じました。

―― 彼女の成長を撮り続けることは、須田さんにどのような影響を与えていますか?

須田卓馬
27歳の頃のファラシュテさん(2023年)

写真を仕事にしようと考え始めた頃「もし仕事にして失敗したら、写真自体をきらいになってしまうんじゃないか」という不安があったのですが、きっと自分はファラシュテのことをずっと撮り続けていくだろうし、彼女を撮るということが自分の芯になってくれると思いました。

この仕事をしていると、すごく大きな存在と対峙しなければならないことが何度もあります。そんなとき、自分が倒れないよう、心を強くもてるよう支えてくれるのが、「ファラシュテ」という自分のライフワークなんです。

―― これまでフォトグラファーとして活動を続けてきたなかで、スランプに陥ったことはありましたか?

スランプというより、マンネリになってしまうことは、よくあります。「自分の写真に驚きがない」と感じる時期が、定期的にやってくるんですよね。でも、それは成長のサインなのではないかと捉えています。今まで必死になってやっていたことが、いつの間にかできて当たり前のことになっていて、だからこそ新しさを感じなくなってしまう。そうなると、また新しい何かを見つけて挑戦をはじめない限り、抜け出すことはできないんです。だからそういうマンネリを感じる時期がやってきても「これは自分をフォトグラファーとしてまたひとつ大きくしてくれる、成長痛のようなものだ」と思うようにしています。

須田卓馬
20歳の頃のファラシュテさんとご家族(2015年)

一つひとつの仕事や出会いを大切にすることが、次のステップへつながる

―― 須田さんのような商業フォトグラファーを志す次世代の方へアドバイスするとしたら、どんなことを伝えられますか?

月並みですが、一つひとつの仕事を一所懸命にやっていこう、ということでしょうか。短時間の取材撮影などのお仕事でも、毎回、一所懸命に撮る。それを積み重ねていくことで、まわりからの評価も変わっていくし、次のお仕事にもつながっていくと思います。

あとは、僕の場合、営業もたくさんかけていたので、それも大事なことだと思う。僕のまわりには、営業をかけずとも仕事がまわるフォトグラファーもたくさんいましたが、僕自身はそうじゃなかったので……。成功率はそれほど高くなかったけれど、営業した先で出会った方をきっかけとして、仕事につながることも多かったですね。

―― 朝ドラ「あんぱん」のキービジュアルのお仕事も、きっかけは営業だったそうですね。

須田卓馬
連続テレビ小説「あんぱん」

そうなんですよ。もともと「朝ドラのキービジュアルを撮る」というのが商業フォトグラファーとしての夢だったので、十数年前、NHKとのつながりをつくりたいと思い、外郭団体であるNHKサービスセンターへ営業に行ったんです。そのときに僕の写真を見てくださった方が、当時発行されていた情報誌『NHKウイークリーステラ』の撮影も担当されていた社員さんでした。

その方が情報誌を離れるタイミングで、僕に撮影の仕事を引き継いでくれたのですが、さらに数年後、朝ドラや大河ドラマを担当する広報チーフプロデューサーに出世されて。「あんぱん」のキービジュアルの撮影者を決めるプレゼンで、僕のことを推薦してくれたんです。もちろん、ほかの方から推薦されたフォトグラファーさんもいたので、プレゼンは何度か行われたそうなのですが、最終プレゼンのあとで「須田さんに決まりました」と連絡をいただいて、感無量でした。ずっと目標にしていたことだったので、ほんとうにうれしかったです。

だから改めて、営業先や、一つひとつの仕事での出会いが大切だと感じます。先ほどもお話したように、ちょっとした撮影でも「これぐらいでいいかな?」と手を抜いてしまうことなく、妥協せず、全力で撮ること。ちょっと遠回りに思われるかもしれないけれど、一所懸命にやっていれば、きっとそれを見てくれている人がいて、次のステップにつながるはずだと思いますよ。

by Takuma Suda

須田卓馬|Cores of the Artist

須田卓馬|Cores of the Artist

May 14. 2026

Newsletter
弊社、プライバシーポリシーにご同意の上、ご登録ください。

このシリーズのその他の記事

関連記事

  • 背中で語る熱量と論理、プロフェッショナルの哲学 – 岩田量自 | Director Interview of XICO
  • 伊藤紺 |CREATOR CANVAS
  • 岡庭璃子 展示との対話「凪のめぐる — Where the Tide Pauses」|Dialogue in see you gallery
  • 広告専門誌の“今”と“これから”| コマーシャル・フォト編集長・長田京太郎× XICO・黒田明臣

ARTICLES

Loading...