東京・恵比寿の「see you gallery」での、フォトグラファー・平野一穂さんによる個展「Frame the Wild, Walk the Light」。
会場に展示されたのは、当時2歳だった息子さんとまわったスリランカ旅行の写真たち。家族でスリランカ内の数都市をめぐった10日間の記録には、未知の場所に対する興味や畏怖の視線と、息子さんへの慈愛のまなざしが写し出されています。
今回は平野さんに、これまでのキャリアや、「Frame the Wild, Walk the Light」の制作背景や、パーソナルワークへの想いなどについて、詳しくお話を伺いました。
会社員から一転、商業フォトグラファーの道へ

―― 大学卒業後、スタジオ勤務、アシスタントを経て、2019年に独立されたという平野さん。京都精華大学では人文学部で学ばれたそうですが、写真の道へ進もうと決められたのはいつ頃でしたか?
大学時代にも趣味で写真を撮ってはいたのですが、在学中はそれを仕事にしようとは考えておらず、卒業後は会社員になりました。ところが、仲のいい友人たちが、絵を描いたり、バンドをやったりして生計を立てているのを見ていて、会社員としての生活を送ることに悶々としてきてしまって。もともとサブカルチャーへの関心が高く、「自分も何者かになりたい」という想いをもっていたこともあって、思い切って写真の道へ進むことを決意しました。
―― 会社員を経験されていたのですね。どのようにキャリアを転換されたのですか?
僕の通っていた京都精華大学が、結構変わった大学だったんですよ。学祭を3日間オールナイトでやるようなぶっ飛んだところで(笑)。教員もリベラルな方々ばかりだったし、学生にもおもしろい人がすごく多かった。それで、卒業後、社会人になってからも大学時代の友人たちとはずっと仲良くしていたんですが、あるとき、友達8人でグループ展を開催したんです。会場はカフェで、1日だけでしたけど、結構企画をつくり込んで、そのとき崇拝していたフォトグラファーの影響を受けた写真集もつくりました。
当時は神戸に住んでいたのですが、そのフォトグラファーの個展を六本木まで観に行った際に、運良く連絡先を交換することができて。後日写真集が完成したときに「見てほしい」と連絡をしてみたのですが、お忙しい方なので、返事はいただけませんでした。それでも自分のなかで「写真集が完成したら、絶対に彼に見てもらう」と決めていたので、なんとか彼に会えないかと、新幹線に飛び乗って彼の事務所の前まで行きました。そうしたら奇跡的に、タクシーに乗り込むところでお会いすることができて、「おお、ほんとうに来たの? じゃあ車に乗って。これからいろんなレセプションに顔を出す予定なんだけど、一緒に行って、そのあとごはんに行こう」と言ってもらえたんです。
食事の席で、念願かなって写真集を見てもらうことができたのですが、彼からは「どうしてこんなことをしてるの?」と訊かれて。「ずっと憧れていて、同じような仕事をしたいんです」とお伝えしたら「僕のところでは今すぐに雇うことができないし、まずはスタジオで働いて、勉強してみたらどうかな」と提案してくださいました。

―― すごい行動力!その方のご提案で、スタジオに勤務することになったのですね。
当時はほんとうに無知だったので「スタジオで勉強するって、どういうこと?」という感じだったのですが、愛読していた『コマーシャル・フォト』に求人欄があることに気がついて、「外苑スタジオ」に応募してみました。スタジオには丸2年いましたが、ライティングなどの技法的なことを学ぶことができて、ほんとうに勉強になりました。
スタジオ在籍中に知識も広がり視野が広くなって、結局、ちがうフォトグラファーのもとでアシスタントをさせていただきました。おそらく日本で一番忙しいフォトグラファーで、僕がついた1年目は、撮影本数が365本ピッタリだったと、マネージャーさんが喜んでいたことを覚えています。休みはほとんどなく、睡眠時間も、平均して3時間くらいだったと思います。でも、最高にかっこいい写真を間近で見れて、いろんな現場にも行かせてもらったし、ライティングや画角などの技術面だけでないところも、たくさん学ばせてもらいました。その方のもとには2年半いたんですが、5年分くらいは勉強させてもらった感覚です。そうして2019年に独立し、現在に至ります。
小さな息子が力強く光のなかを冒険する「Frame the Wild, Walk the Light」
―― 商業フォトグラファーとして活躍される平野さんですが、これまでにクライアントワークと並行して、パーソナルワークにも取り組まれていたのでしょうか。
普段やらせてもらっている仕事はとても楽しいし、自分に合っていると感じるのですが、独立3年目を迎えた頃に「仕事とは別軸の写真も撮りたい」と思うようになりました。撮りたいテーマのようなものを考えたとき、ふと思い浮かんだのが、かねてから影響を受けていたアメリカの写真家、アニー・リーボヴィッツでした。
アニーのキャリアのひとつに、イギリスのロックバンド、ローリング・ストーンズのツアーに帯同した有名な話があります。女性ひとりでローリング・ストーンズについていって、メンバーと生活を共にしながら、めちゃくちゃカッコいい写真を撮っていて……。僕ももともと音楽がとても好きなので、彼女のようなスタイルで写真を撮ってみたいと、改めて思いました。
そんな経緯で撮り始めたのが、シンガーのRickie-Gです。僕は彼の曲が大好きなんですが、自主企画のライブで、海辺や湖畔、使わなくなったプール、キャンプ場などを会場にして、DIY的にステージをつくっているところも、すごくユニークだなと感じていて。「彼を撮ったらすごくおもしろいだろう」と思い、5年ほど前から、パーソナルワークとして彼を撮り始めました。まだ形にはできていませんが、いつかこのシリーズで展示などを開催したいと思っています。

―― なるほど。個展としては、今回の「Frame the Wild, Walk the Light」が初開催となるそうですが、こちらはどのような経緯で開催されることになったのですか?
はじめは、単なる家族旅行の計画だったんですよ。スリランカを選んだのも、物価が安くて旅費をなるべく抑えられるところの候補に挙がったというだけで(笑)。
展示を開催しようと思ったきっかけは、お世話になっているマネージャーの方に勧められたことでした。「フォトグラファーは、写真展やってなんぼだろう!」というような考えをもっている方だったので、スリランカ旅行の話をしたら「カメラ持ってって、いい写真撮れたら、展示したらいいじゃん」と提案してくれて。それで、旅にカメラを持っていき、現地でも「これを展示できたらいいな」という気持ちで撮影に臨みました。

―― 会場として「see you gallery」を選ばれた理由についても教えてください。
オープニングレセプションにご招待いただいていたので、「see you gallery」についてはオープン時から知っていました。そのときにも「いいギャラリーだな」と感じていたのですが、その後にまた別の展示を見たときにも、改めて、作品をダイナミックに見せられる広さや、入り組んだつくりが、旅写真の展示をするのにはぴったりだなと感じたんです。それで、自分からギャラリーにご連絡をして、企画書をつくってプレゼンさせてもらい、今回の機会をいただきました。
―― 写真展のタイトル「Frame the Wild, Walk the Light」には、どのような意味が込められていますか。
まず、スリランカ自体が野生みのある国であることと、今回の旅が、子どもを担いでいたこともあって、親にとっても冒険感のあるものだったということが関係しています。たとえば、僕一人であったり、大人だけであれば、もっと落ち着いた旅になっていたと思うんですが、子どもが一緒だと、それだけでわちゃわちゃになるじゃないですか(笑)。日本の自宅で一緒に過ごすだけでも大変なのに、どうなるんだろう、というスリルもあって。そんなワイルドな旅をフレーミングしているという意味で「Frame the Wild」。
そして「Walk the Light」ですが──スマホだろうが一眼レフだろうが、僕たちは写真を撮るにはカメラを使うんですが、カメラ自体はただ光を記録しているだけの装置で、光がなければ絶対に写真を撮ることはできない。だから、現地の「光」のなかを、息子が歩いていることをイメージしました。今回の作品の裏テーマは“息子との冒険”なので、ちっちゃい体で、彼が光のなかを力強く歩いている、という意味を込めています。

―― 作品全体を通して、日本とは大きく異なるスリランカの文化や景色に対する興味や畏怖の視線と、息子さんに対する慈愛の視線という、2つのまなざしを感じました。
今回の作品は、息子の存在がオリジナリティになっていると思うんです。僕は特別スリランカに由縁のある人間なわけではないし、ずっとバックパッカー写真家でやってきているというわけでもないので、サファリの中にポツンと息子が立っている写真や、列車の車窓から顔を出している写真がなければ、僕がこの作品を展示する意味はない気がします。すべて息子と訪れたからこそ撮れた写真だと思うし、現地で撮影している際にもそれは意識していたことだったので、「息子を連れてのスリランカ旅行」というところに、この作品の意味があると思っています。
展示とは、写真を立体的に観せることができるもの
―― 写真のセレクトや配置など、展示構成は平野さんお一人でされましたか?
僕一人で構成しました。配置については単純で、旅のなかで訪れた場所を順に展示しています。メインスペースの奥の通路のような空間には、車窓から顔を出す息子や、列車が走り抜けていくさま、駅のホームなどの写真を展示して、旅の終わりの哀愁を感じさせるようにしました。

―― 初めての個展とは思えないほど、しっかりとつくり込まれていましたね。
ありがとうございます。たぶん、どちらかというと、空間づくりは得意なタイプなんだと思います。DIYが趣味で、自宅のものもいろいろと手づくりしたりしているので。
―― 布の背継ぎ表紙の写真集にも、こだわりが感じられました。デザインも素敵ですが、デザイナーの方とは、どのように写真集を制作されましたか?
実は「see you gallery」で展示をすることになるまで、写真集をつくることは考えていませんでした。打ち合わせの際に、展示だけでなく、写真集も販売することに決まって、最初は全部一人で制作してみようかと思ったのですが、ギャラリーディレクターのJ.K.Wangさんから「初めて写真集をつくるのなら、誰かにデザインを依頼したほうがいい」とアドバイスをもらって、ふだんから仲のいいデザイナーにお願いすることにしました。
かなりタイトな制作スケジュールだったのですが、表紙になる仏陀像の写真だけ送って依頼したら「めっちゃおもしろそう!」と二つ返事で承諾してくれて。表紙のデザインを中心に、デザインをお願いしました。結果、ものすごくかっこいい写真集にできたと思っています。
―― 写真集の表紙に採用されている写真は、物販スペースにも大きく展示されていましたね。大きな仏陀像が足場に囲まれていて、かなり印象的な1枚でした。
とある街を訪れたとき、丘の上に展望台があると聞いて家族で登っていったら、突然ボロボロのお寺が現れて、そこにあの仏陀像が建っていたんです。補修中なのかわからないけれど、足場に囲まれた大きな仏陀像。僕はなぜかそれにすごくエネルギーを感じてしまって、夢中で撮影しました。そのときに「これが撮れたのなら、この旅の写真を作品にできる」と感じたので、表紙にするならこの写真、と決めていました。
―― 最後に、初めて展示を開催された感想を聞かせてください。
展示って、webや写真集で作品を観せることとは、まったく別物だと改めて感じました。webや写真集だと写真は平面の世界にあるけれど、展示ではより立体的に観せることができる。今回、ギャラリーにBGMを流していたように、聴覚的にも作品の世界観を味わうことができるし、より五感をつかって楽しめるものですよね。作家が在廊していれば直接話すことだってできるし、鑑賞体験として、より印象に残るものだと思う。こんなふうに、観せ方によってまったく印象が異なるというのは、写真ならではのおもしろさじゃないでしょうか。
僕を知っている人も知らない人も、わざわざ会場まで足を運んでくれて、僕の写真をじっくり鑑賞してくれるということに「フォトグラファーとして、これ以上の幸せな空間はない」とも感じました。

Information
EXHIBITION
Frame the Wild, Walk the Light
会期:2026年6月6日(土) – 6月15日(月)
営業時間:13:00 – 20:00 (会期中無休・入場無料)
会場:see you gallery
住所:〒150-0012 東京都渋谷区広尾1-15-7 2F
主催:see you gallery
SNS:instagram.com/seeyougallery/
お問い合わせ先:contact@seeyougallery.com
メール対応時間 10:00 – 19:00(弊社休日を除く)


