さまざまな分野のクリエイターと連携し、ひとつの作品を編みあげる。いわば裏方として作品づくりを支える「編む人」たちに、クリエイティブの美学を伺います。
今回は、東京・根津に位置するキュラトリアル・スペース「The 5th Floor」を主宰する、キュレーターの岩田智哉さんにインタビュー。オルタナティブなアートシーンを牽引する岩田さんに、キュレーションや人材育成において大切にしている価値観について伺いました。
1995年愛知県生まれ、キュレーター。東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科修了。アジア各地のオルタナティヴ・スペースを訪れ、それぞれのローカルのアートシーンにおけるオルタナティヴとインスティテューションのダイナミズムについてのリサーチを行う。また自身もそのようなスペースを運営する実践者として、展覧会に限らない広義のキュラトリアル実践を通して、既存のシステムに対するオルタナティヴの可能性を模索する。2022年4月より、キュラトリアル・スペースThe 5th Floorのディレクターを務める。
主な展覧会に、「Suddenly This Overview」[永田康祐個展](Japan Foundation Gallery、シドニー、2026年)、「Obol」[アンドリウス・アルチュニアン個展](Hermès Maison Ginza Le Forum、東京、2026年)、「Deep in the Sway」(The 5th Floor、東京、2026年)、「Reverse Cabinet」(Kiaf[Special Exhibition]、ソウル、2025年)、「さかむきの砂」(kudan house、東京、2025年)、「ANNUAL BRAKE」シリーズ(The 5th Floor、東京、2022、2023、2024年)、「Things named [things]」[アナイス・カレニン個展](The 5th Floor、東京、2023年)、「la chambre cocon」(Cité internationale des arts、パリ、2023年)、「between / of」(The 5th Floor、東京、2022年)。
近年参加したプログラムに、キュレーター・イン・レジデンス(Cité internationale des arts、パリ、2023年)、「Gwangju Biennale Academy International Curator Course」(光州、2024年)、「2024 Workshops for Emerging Arts Professionals: New Flows」(Para Site、香港、2024年)など。また台北當代の「Ideas Forum」(台北、2023年)に登壇。
キャリアスタートとともにキュラトリアル・スペース「The 5th Floor」のディレクターへ
―― 東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科修了後、キュレーターとして活躍されてきた岩田さん。いつ頃からアートやキュレーションに関心をもたれていたのでしょうか?
アートに関心をもったのは20歳を過ぎた頃で、実は結構遅いんです。1年ほどオーストラリアに留学したことがあるのですが、その際に現代アートというものに初めてふれて、“ギャラリー”や“キュレーター”というものの存在を知り、よくわからないながらも興味が湧いて。帰国したときはちょうど就職活動のタイミングだったのですが、思い切ってギャラリーでアルバイトをすることにしました。
ただ、ギャラリーで働くうちに「自分のやりたいことは、こっちじゃないかもしれない」と感じるようになって。そんなとき、かねてから「創立された」とうわさに聞いていた、藝大の国際芸術創造研究科が説明会を開催していると知り、話を聞きに行ってみたんです。
国際芸術創造研究科は、直接的に芸術制作を行うのではなく、“アートマネジメント”・“キュレーション”・“リサーチ”という3つの研究領域を専門的に学べる学科で、芸術と社会のあいだの接点の創出に力を入れていました。説明会でさらに興味を持ち、国際芸術創造研究科を受験しました。入学前に一度体験授業を受けたとき、「まさしくこれがやりたいことだ」と感じたのを覚えています。それが、キュレーションの道へ進むきっかけとなりました。
―― 大学院を出られたあとは、キュレーションを軸にしたアートプログラムを運営する「The 5th Floor」に所属され、まもなく2代目ディレクターに就任されていますよね。こちらにはどのような経緯があったのでしょう。
大学院を出たあとにどうするかまったく決まっていない頃、「The 5th Floor」を立ち上げた初代ディレクターの先輩から「引き継がないか」と声をかけていただいたことがきっかけです。まだ何の経験もない状態からディレクター・代表理事として入らせてもらったので、試行錯誤の連続でした。

―― 「The 5th Floor」は、既存のギャラリーとは大きく異なるスペースですよね。改めて、どのような場となっているのか教えてください。
日本において“ギャラリー”というと、作品を展示する場所という以外に、作品を販売する場所というイメージがありますよね。「The 5th Floor」では基本的に作品の販売というのはしておらず、キュレーションに特化した場──キュレーターが実験的なキュレーションを行える場として運営しているので、美術館や、コマーシャルギャラリーとは異なります。現代美術の文脈では“オルタナティブ・スペース”や“キュラトリアル・スペース”と呼ばれることが多いですね。
先代が立ち上げたときにも「若手が尖った表現をできる場」というコンセプトがあったので、僕もそれは一番に大切にしています。「ここではこういうジャンルはやらない」というものはとくになくて、基準は“おもしろいかどうか”だけ。自分以外の方にキュレーションしてもらう際にも、同様の意識があります。
あとは、国内外のアートシーンをつなげるというのも、「The 5th Floor」で強く意識しているところです。僕たちの世代は、キャリアの初期にコロナに見舞われた人が多く、その後の円安の影響もあって、なかなか海外に行くことが叶いませんでした。僕はキャリアの早い段階から海外の仕事をさせていただくことが多く、ネットワークをもっていたので、それを活かして、ローカルとグローバルをうまくつないでいきたいと考えています。
―― 海外のアートシーンとのネットワークは、どのように構築されたのですか?
大学時代の教授が、プロジェクトに学生を巻き込んで実践的に学ばせてくれるタイプの方だったのですが、タイの国際芸術祭「タイランド・ビエンナーレ」のプロジェクトに、僕をアシスタントとして参加させてくれたんです。ところが、コロナの影響で開催が延期になり、結局最後まで関わることができなくて……。「アーティストとの対話を間近で見ながら並走していたのに、完成形が見られないのは残念だ」と思い、大学院を修了するタイミングで、卒業旅行を兼ねて単身でタイを訪れました。
そのときに、同世代のアーティストや、タイのオルタナティブなアートシーンを紹介してもらい、大学院のときには知らなかった同世代の活躍や、実験的な活動について知りました。以来、国やエリアを問わず、オルタナティブなシーンで活動している人たちと関わるようになり、さらに人を紹介してもらったり、「こういうところに行ったほうがいいよ」と教えてもらったりして、実際に展示や実践の場を見に行くうちに、どんどんネットワークが拡がっていきました。

―― 現在もアジアを中心に国外のローカルアートシーンのリサーチを継続的に行われているそうですが、キュレーターとしての活動のインプットのためというよりは、国内と国外のアートシーンをつなげる意味合いのほうが強いのでしょうか。
意味合いとしては、どちらもありますね。グローバルのアートシーンで今何が起きているのかを見る、というインプットの目的もありますし、キュレーター・イン・レジデンス(キュレーター招聘・滞在プログラム)や、僕が2年ほど前から自主的に実施している若手キュレーター向けの教育プログラムのために、国外のキュレーターの方を招んで来ていただいたりといった、アウトプットの目的もあります。
―― 「The 5th Floor」で開催した展覧会のうち、とくに後のキャリアに影響を与えたと感じるものはありますか?
現在まで年に一度開催している「ANNUAL BRAKE」というプロジェクトがあるのですが、 僕がディレクターとなった年の「ANNUAL BRAKE 2022」では、とくにたくさんのことを学ばせてもらえたと思っています。
2021〜2022年ごろのアートシーンは、コロナ初期の厳しい制限が少しずつ緩和されはじめたため、その渇きを必死で潤すように、ものすごいスピードでイベントが開催されていました。その中で、作家は積極的に展覧会に招ばれ、少ないバジェットと限られた期間で新しい作品を制作させられていた。そんなヘルシーとはいえない状況を見直すべく、過去作のみで構成し、作家の足跡(そくせき)を辿る企画としてはじまったのが「ANNUAL BRAKE」です。
僕はこのときに2人の作家にお声がけして、ほとんど初めて個展という形で作家と密なコミュニケーションを取らせてもらいました。それまでにもグループ展をキュレーションする機会はありましたが、作家個人と密なコミュニケーションをとって展示をつくっていくというのは初めての経験でしたし、作家自身がどのように作品に対してアプローチしているのかを深く知れる貴重な機会でした。作家個人とどのように接するかというのを大きく学ばせてもらったと思いますし、今でも折にふれて立ち戻る経験ですね。
作家が言語化できない部分に言葉を与えるのも、キュレーターの仕事

―― 今年2月から5月にかけて「銀座メゾンエルメス」のギャラリー「ル・フォーラム」で開催されていた、アルメニア・リトアニア生まれのアーティスト、アンドリウス・アルチュニアンによる「Obol」展では、ゲストキュレーターとして参加されていましたね。こちらの展示では、どのように作家と関わりましたか。
「Obol」展は、もともと僕の「The 5th Floor」での活動を応援してくださっていた「ル・フォーラム」のディレクターの方から、「ここで何かやらないか」とお声がけいただいたことがきっかけでスタートしました。アンドリウスには、キュレーター・イン・レジデンスでパリに滞在していたとき、1日だけ開催した自主企画の展覧会に参加してもらったことがあり、「Obol」展以前から面識がありました。その展覧会の際に彼とした会話がとてもおもしろく「一度、どこかで一緒に大きな仕事をしてみたい」と思っていたので、「ル・フォーラム」からお話をいただいたあと、僕からアンドリウスに「一緒に展覧会をつくらないか」と連絡しました。
そういったいきさつもあり、「Obol」展に関していえば、リサーチの段階から密に関わっています。アンドリウスから、ほかの作品でも使った経験のある“瀝青(れきせい)”をベースに作品をつくりたいという希望があり、僕のほうでも調べたところ、日本でも採れる素材であることがわかって、新潟県胎内市まで2人でリサーチに行ったり。その後、彼は山梨にスタジオを借りて、1ヶ月ほど作品制作に打ち込んでいたのですが、その間には僕も週1〜2回ペースで制作に立ち合いました。
―― そのように、作品制作にも密に携わるケースが多いですか?
僕はどちらかというと、作家とたくさん会話をしたり、制作にコミットするタイプのキュレーターだと思います。とはいえ、使用するメディウムや作品のつくり方によって、密に関わったほうがいい場合もあれば、そうじゃない場合もあるので、ケースバイケースですね。

―― 岩田さんは、ご自身のキュレーションにどのような特徴があると思われますか。
これは難しい質問ですね。よく、僕のキュレーションについて「詩的だ」という感想をいただくことがあるのと、自分でも言語的なものと非言語的なもののあいだのバランスを展示の中で模索しているので、それが特徴といえるかもしれません。
キュレーターにもさまざまなタイプがいて、天才的な感性で展示をつくっていく方もいます。でも、あいにく僕にはそういう類の才能はないので、実直に足を運んで作品を観たり、作家と対話を重ねていって、自分なりに理解を深めるところから始めています。キュレーターというのは、作品にひとつ言葉を与えるというか──作家が言語化できない部分をサポートする仕事でもあると思うので、誠実に作品のテーマや世界観と向き合い、解釈した上で、展示に落とし込んでいく。それが僕なりのやり方になっているのかな、と思います。
―― キュレーターとして、どのようなアーティスト・作品に関わりたいと思われますか?
しっかりと考え抜かれていて、コンセプトとしてのおもしろさがあるもの、さらにそこにビジュアルなどアウトプットとしてのクオリティも伴っている作品には、やはりすごく惹かれます。あとは、作家と会話するなかで、思想的にソリッドであったり、ユニークなリサーチをしていることが聞けると「一緒にやってみたい」と感じます。

次世代のキュレーターに、学びと実践の機会を提供したい

―― 先ほど若手キュレーターの教育プログラムを実施しているとお話されていましたが、こちらはどのような経緯でスタートされたのですか?
2024年に、韓国の「光州ビエンナーレ」が開催している教育プログラムや、香港のアートスペース「Para Site」による教育プログラムに参加する機会があったのですが、そのとき「日本国内に、こういった学びの機会がない」と感じたんです。僕は藝大で学んだけれど、実際に中にいた人間として、キュレーターとしての教育は果たして十分だったのかというと、疑問に思う部分があって。もっと、近い世代でグローバルに活躍する人たちの実践を知れたり、美術館などに所属せずインディペンデントな場で活動するキュレーターがどのように生きているのかを具体的に見れる機会が、短期間であったとしても国内にも必要だと感じたんです。
現在、このプログラムにはすごく優秀な人たちに集まってもらえているので、プログラムでの出会いをきっかけとして、「The 5th Floor」で企画をしてもらったり、僕のところにきたお仕事を振らせてもらうこともあります。学びの機会と同時に、若い世代の人たちに仕事やキュレーションの場を共有することができると、いい循環が生まれているなと感じます。
―― 「The 5th Floor」のディレクターというポジションも、いずれは次世代の方へ引き継がれるのでしょうか。
今まさに、次のステップを考えているところです。僕が「The 5th Floor」のディレクターとなったのは、ほとんど経験のないキャリアスタートの段階だったので、「The 5th Floor」がメインの収入源となっていました。そしてこの場所でさまざまな試みをしたこともあって、幸運なことに外部のお仕事もいただけるようになり、キュレーターとして少しずつ業界で認識してもらえるようになったので、より“若手がキュレーターとして食べていけるようになる場所”にしてから退きたい、と考えています。ファンドレイズのシステムにおいて、もう少しインスティチューショナルな部分も取り入れつつ、安定的なスペース運営ができるようにした上で、次の世代のキュレーターに任せたいですね。

―― 岩田さんもまだ若い世代の方ですが、すでに次の世代を育成することにかなり注力されている印象です。
そうですね。若手がフリーのキュレーターとして食べていくのって、やっぱり簡単ではないというのが実情で。美術の制度的なシステムから見ても、日本ではかなり難しいと思うんです。僕自身、先代が「The 5th Floor」を引き継がせてくれたり、キュレーターの先輩方に気にかけていただいた経験がありますし、僕も同じように、下の世代に仕事を振ったり、学びや実践の機会を提供したり、自分のできる範囲でサポートしていく責任があるように思います。
あとは、単純に、いいキュレーターが増えれば、もっと今のアートシーンでおもしろいことが起きるんじゃないか、という期待もあります。僕ももっとこの業界で挑戦してみたいことがありますし、ほかのキュレーターがどんなクリエイションを見せてくれるのか、すごく興味があるんです。
