伊藤紺 |CREATOR CANVAS

Apr. 30. 2026

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「クリエイターキャンバス」は、ビジネス構造を可視化するフレームワーク「ビジネスモデルキャンバス」の手法に着想を得て生まれた、月刊『コマーシャル・フォト』との共同企画。クリエイターを俯瞰視点で見つめなおすことで、その人らしさを浮き彫りにするインタビュー特集です。

聞き手となるのは、フォトグラファーの酒井貴弘さん。酒井さんのインタビューを通じて、7つの視点から気鋭のクリエイターたちの活動や価値観を深掘りし、その独自性を浮かび上がらせることで、その人の魅力や使命を体系的に解き明かしていきます。

今回は、歌人・伊藤紺さんにインタビュー。切実かつ誠実な短歌が多くの人の共感を集める、伊藤さんのクリエイターキャンバスに迫ります。

Kon Ito

Artist

歌人。1993年生まれ。2016年より作歌をはじめる。歌集に『気がする朝』(ナナロク社)、『肌に流れる透明な気持ち』、『満ちる腕』(ともに短歌研究社)など。2026年4月15日には言葉と創作をめぐる初エッセイ『わたしのなかにある巨大な星』(ポプラ社)を刊行。

Takahiro Sakai

Photographer


長野県出身、関東を拠点に活動。ソーシャルメディア時代ならではのアマチュア写真活動から2019年にフォトグラファーとして独立。人物写真を主軸に広告や漫画誌、カルチャー誌、写真集、映像など分断のない領域で活動の幅を広げている。SNSでのフォロワー数は、延べ18万に及ぶ。
近作は、NGT48・本間日向1st写真集「ずっと、会いたかった」、西垣匠1st写真集「匠-sho-」、私が撮りたかった女優展vol.3参加など。

1.活動 / アクティビティ

酒井

今回は「クリエイターキャンバス」の第7回です。これまでにもさまざまなジャンルのクリエイターの方にご出演いただきましたが、なんと今回は歌人の伊藤紺さんにお越しいただけて! どんなお話を伺えるのか、ワクワクしています。

伊藤

ありがとうございます。よろしくお願いします。

酒井

まずは作家活動の部分から伺えればと思うのですが……歌人としての活動を始められたのは、いつ頃ですか?

伊藤

短歌を書き始めたのは2016年です。大学4年生のお正月でした。最初は趣味のような感じで始めたので、書くことを仕事にしようとかはまったく考えていなかったです。ふつうに就職活動をして、広告会社に就職しました。でも半年で辞めちゃって。その後はフリーランスのライターになりました。

酒井

ライターさんだったんですか。でも、言葉を扱うという意味で、現在のご活動につながっているような気もしますね。そのときのお仕事を辞められたのは、趣味であった歌人のご活動のほうが忙しくなられたからですか?

伊藤

そうですね。短歌の仕事をもらえるようになって、少しずつ割合が逆転していったというか。

ライター業もがんばってはいたんですけど、今思うと、あまり向いているわけではなかったんですよね。そもそも、長文があんまり得意ではなくて。

酒井

なるほど。僕はフォトグラファーとして活動していますが、たまに映像の依頼をいただくこともあって「同じ“撮る”行為でもぜんぜんちがうな」と思ったりするのですが、その感覚に似ているのかな。

伊藤

近いかもしれないですね。エッセイと短歌でも、頭の使う部分が全然ちがって、片方をやっているときにはもう片方がおろそかになったりします。

もうひとつ、自分語、社会語という分け方をすることがあるんですが、自分のための言葉と、社会で使われている言葉のちがいもあって。自分の言葉にしか、あんまり興味がないというか、社会の言葉を扱うのはあんまり得意じゃないですね。

酒井

それは、社会に向けた文章だと、わかりやすく伝えることが大切になるからですか?

伊藤

たとえば社会で一般的な「夢」という言葉のイメージと、自分のなかの「夢」という言葉のイメージには差がありますよね。また、社会語と一言に言っても、年齢や界隈によっても言葉のイメージは大きく異なります。コピーライティングとか、多くの人に向けたテキストを書く際には、その言葉が社会にとってどんな空気感の言葉なのか、ある程度見定めて操作できないとなかなか届かない。社会語を扱う方々は、まったく別のお仕事だと思いますね。

酒井

たしかにそうですね。じゃあ短歌をつくられるときには、反対に、自分のなかにある言葉のイメージを探っているという?

伊藤

そうですね。

酒井

歌人である伊藤さんに対して、企業やブランドから「この広告のために短歌をつくってほしい」という依頼がくることも多いと思うのですが、そういったクライアントワークにはどのように対応されているんですか?

伊藤

なるべく普段の制作と同じように作りたいんですけど、そもそも題詠が得意じゃないこともあり、なかなかそうもいかないですね。

たとえば掲載場所が商業施設の中とか駅前だった場合に、読解に長い時間がかかる歌は向かないですよね。31字って、街で出合うには結構長いので。あと、そういった公共の場に、絶望の暗い歌を書くことにも、自分の倫理的に抵抗があります。それに、あんまりおもしろくないなって。もちろん100%明るいだけの、希望の歌も書けないけど。

酒井

とはいえ、クライアントワークでも歌人としての言葉が求められるようになっているわけで、それは伊藤さんの活動として、理想的な形になっているのでしょうか。

伊藤

理想はまだわからないですね。わたしは今のところ「この先の人生でなるべく長く短歌を書けたらいいな」と思っているんですが、自分にとって、これをしちゃうと短歌が書けなくなる、ということがいろいろあって。

たとえば、毎日朝早くに起きて会社に通うこととか、きらいな人と毎日うまくやることとか。そういったことを無理して続けていくと、自分のなかの生き生きとした部分が少しずつグレーになって、短歌が書けなくなっていくんです。詩歌というのは、経済的にものすごく難しいジャンルなので、作家本人にとって持続可能な創作の環境を一人ひとりが拓いていく必要があって、今はその途中ですね。

酒井

クリエイターとしては、創作に集中することが、いちばん健全な状態ですよね。フォトグラファーのなかにも、クライアントから求められることに応え続けていくと写真自体に嫌気が差してしまう、という人は少なくないです。僕なんかは、お仕事を通じていろんな方と出会えたりいろんな場所に行けたり、ということに喜びを感じるタイプなので、むしろ対照的かもしれないけど。

伊藤

わたしはできれば、一人で家にいたい(笑)。お仕事がきっかけで生まれる縁や気づきも当然あるので、いいこともたくさんありますけどね。

なんかわたし、天邪鬼な部分があって。たとえばAとBという、2つの考え方があるとして、自分のなかで「Aだな」と思っていても、「Aと言ってください」とあまりに言われると、「Bです」って言いたくなってしまう。だから、依頼仕事自体があんまり向いていない気はします。

酒井

なるほど(笑)。クライアントにはクライアントの都合があるわけで、がんばってもどうしてもそこに引っ張られてしまったりしますよね。「伊藤さんらしくお願いします」と言われたとしても、それだって“その人のイメージする伊藤さん”があるわけで。

伊藤

そうなんですよね。そういうこともひっくるめて仲良くなれたり、楽しい現場もあったりするんですけど、ただただ迷惑をかけてしまうときもあるし。なので今はまだいろいろと模索中というか、旅の途中という感じです。

2. 専門性・特性 / スペシャリティ

酒井

作品づくりに取り組まれるときは、どんなふうにご自身と向き合われているんですか? 伊藤さんがどんなふうに短歌をつくられているのか、すごく気になります。

伊藤

短歌をつくることは“魂の論理を書き出すこと”だと思っているんですよ。ここ数年、いい歌ができたときに、自分のなかの抗えない声というか、内側にある魂にちょっとふれた感じがするなと思うようになって。「きっと魂には魂の論理があり、それは自分自身の論理的思考とはまた別のもので、作歌というのはそれを書き出していく行為なんだ」と思ったんです。

だから、つくり方というと、すごくむずかしいのですが……。自分で「あっ!」と感じた言葉があればその瞬間にすぐメモをとって、短歌をつくるときにはパソコンに向かい、とにかくひたすら書きながら「こっちかな」と思う方に向かっていきます。書きたいことのイメージがあるわけではなくて、完成するそのときまで、何ができあがるのかはよくわからない。完成したときに、自分でも初めて理解する、という感じですね。

酒井

魂の発するものを見つけていく、表していく、という作業になるんですね。じゃあ、制作には結構時間がかかるんですか?

伊藤

バラバラですね。すぐにできてしまうこともあれば、4万字くらい書いたのにできあがらないこともあります。

酒井

伊藤さんの短歌って、たった31文字なのに、情景がありありと思い浮かぶようなものが多いじゃないですか。たとえば「フラれた日よくわからなくて無印で箱とか買って帰って泣いた」という一首。これも、ご自身の経験を書き起こしているわけではないんですか?

伊藤

経験を書き起こしているわけではないですね。この短歌でいうと、フラれた日に「無印良品」で箱を買ったことは、実際にはありません。とはいえ、ここに描かれている情景や感情などは、わたしにとって覚えのないものではないんです。作歌は、“そこ”に到達できる言葉はどれになるのかというのを探っていく行為なので、実際に起きたことがそのまま書いてあるということは、あまりないかもしれません。

酒井

そうだったんだ。でも、伊藤さんの魂の論理のはずなのに、不思議とほかの人の魂にふれている感じもしますよね。だからこそ伊藤さんの短歌は共感されて、多くの人から支持されているわけで。魂の根本的な部分は、実はみんな似ていたりするのかな?

伊藤

わたしも、魂の構成要素って、みんなそんなに変わらないんじゃないかと思います。それぞれ色とかはちがうかもしれないけれど。

わたしは自分の内面の話ばかりしているけれど、創作において、“世界”から入っていく人と“自分”から入っていく人がいると思うんです。世の中をじっと見つめて今なにがおもしろいのかを常に考えながら「今、これがいちばんおもしろいんだ!」というつくり方をする人と、とにかく自分のなかの個人的なところを追求する人がいる。その道はまったく逆に見えるけれど、実は円のようにつながっていると思うんですよね。最後には同じ場所で会える、というか。

酒井

すごくすてきな考え方ですね。伊藤さんご自身は、“自分”から入ってつくっていくタイプだと思うんですが、たとえば歌集をつくる際のチームなどはあるんですか?

伊藤

本をつくる上では、わたしと編集さんとデザイナーさんがチームということになると思うんですが、編集さんは出版社によってちがうので、固定のチームではないですね。でも、デザインは3冊ともデザイナーの脇田(※正式には脇という漢字には異体字を用いるが、表示の都合上、代替表記を使用)あすかさんにお願いしているので、ちょっとチーム感はあるかも。

酒井

本のデザインも、イメージをすり合わせていくのがなかなかむずかしいと思いますが、そういう意味では、脇田さんにはかなり信頼を寄せられているんですね。

伊藤

そうですね。ほんとうに信頼しています。いつも必ず、きれいなナイフでスパッと切り開くみたいに、新しい世界を見せてくれるので。

3. 使命 / ミッション

酒井

続いては、活動において伊藤さんが“使命”に感じていることを伺いたいのですが……先ほど作歌に関しておっしゃっていた「魂の論理を書き出すこと」が、ご自身の使命になっているんでしょうか。

伊藤

そうですね。先ほどお話したことと同じになってくるかも。

酒井

活動におけるテーマなどはありますか? これまでに歌集を3冊出されていますが、それぞれにテーマを設けていたりするのでしょうか。

伊藤

最初にテーマを設けて、それに沿って歌をつくるということはないですね。歌をつくっていくうちにそのときの大きな気分のようなものが見えてくるという感じです。

4.顧客 / クライアント

酒井

伊藤さんはSNSでも注目されている歌人さんですが、戦略的にSNSを活用されているというわけではないんですよね?

伊藤

ぜんぜん戦略的ではないですね。作品を載せているのも「いいものできたから見て!」という、子どものような動機ですね。

酒井

なるほど。出版社とはどういう付き合い方をされているんですか? たとえば、歌集を出すのはどんなタイミングなんでしょう。ご自身からなのか、出版社から声をかけられて、なのか。

伊藤

歌集は今のところ自分からです。歌ができてきて、何かが見えてきたら、編集さんにみてもらう流れですかね。

酒井

先ほど伺ったお話からすると、歌集を出すのにも結構な時間を要するのではと思いますが……。

伊藤

やっぱり時間はかかってしまいますね。2023年末に『気がする朝』を出してからも、ずっと書いているんですが、現時点で2年半経っているし。まだかかります……。

酒井

今年4月には初のエッセイ本『わたしのなかにある巨大な星』を刊行されますが、こちらはどんな経緯で出されることになったんですか?

4月15日に刊行された『わたしのなかにある巨大な星』(ポプラ社)
伊藤

エッセイは、ポプラ社さんの編集さんから「言葉と創作をめぐるエッセイを書きませんか?」とお声がけいただいたんです。はじめは「書けないよー」と思っていたし、いざ書いてみてもめちゃくちゃに苦戦したんですが、最終的には「ほんとうに書けてよかったな」と思える内容になりました。自分の人生と創作論がつながるエッセイになったな、と。

酒井

すばらしい。これは読むのが楽しみですね!

5.接点 / チャネル

酒井

伊藤さんって、すごく自然体ですよね。無理に自分をブランディングして発信したりしていなくて、いいなぁと思います。

伊藤

不器用なので、そういうふうにしかできないだけなんです。

酒井

最近はいろんなメディアにご出演されていたり、ポッドキャストのパーソナリティも担当されていますが、そういったご活動から伊藤さんを知られる方もきっと多いですよね。

伊藤

そうですね。それはそれで、ひとつの発信の形になっているのかな。でもメディアなどでの見え方が、実態と明らかにちがうな、という露出の仕方になった場合には、裏で話し合って訂正いただいていることは多いですね。

たとえば、あるイベントで、女性の歌人と2人で短歌について濃厚な話をしたのですが、公式レポートに「かわいらしい女性歌人2人の女子会トーク」というふうに書かれているのを見てしまって。先方としてはむしろよかれと思って、ほめているつもりだったのかもしれないですが……(笑)

酒井

それは気になっちゃいますね。実際の内容との齟齬が生まれているようにも感じるし。

伊藤

そこまでではなかったとしても、自分的に「さすがに違くない?」という言葉をあてがわれることはあるので、そういうときはなるべく言うようにしています。自分のためでもあるし、これからの若い作家のためにも、地道に訂正していますね。

6.自己投資 / インベストメント

『気がする朝』(ナナロク社)
酒井

先ほど「“これをすると短歌がつくれなくなる”ということが多い」とお話をされていましたよね。日頃、ご自身の感覚を失わないために、大切にされていることはありますか?

伊藤

自分に時間をかけることですかね。朝、朝ごはんとコーヒーのためにできたら2時間ほしいし、1日のなかに“なにもしない時間”というのも当然ほしい。自分に我慢を強いたり、自分の感情を曲げたりということは、なるべくしたくないんです。

酒井

すごいなぁ。僕は正反対のタイプで、なにもしていないとソワソワしちゃうんですよ。たとえば仕事が休みのときにも、暇になるのがちょっと不安で「何か活動しないと!」と思ってしまいます。

伊藤

そういうタイプの方もいますよね。すばらしいと思う。

わたしは、『わたしのなかにある巨大な星』に収録されている「巨大なこと」というエッセイに、そういうことをたくさん書いたんです。朝はなるべく仕事を入れないとか、起床時間を目覚ましに決めさせない、とか、ジーンズは履かないとか、服の着丈は75センチがいちばんいい、というような、他人からすれば意味不明に思えるかもしれないけど、自分にとって大きなことを守っていく生活が、最大の自己投資といえるのかもしれません。

酒井

そういう大切なことを、明確に自分のなかで言語化できているというのがすごいと思いますよ。それらを守ることが、いい短歌をつくることにつながっているんですね。

伊藤

そうですね。守れなくなると、よくない意味で、反発的な歌が混じってきたりするかも。

岡本太郎氏が、芸術というのは、リアクションであってはならない、アクションでなくてはならない、というようなことを言っていて、わたしはすごくしっくりきたのですが、我慢が多いと、なぜか世の中や誰かに対して“やってやった!”というような、リアクション的な歌を作るようになっちゃうんですよね。わたしの魂じゃなくて、心が言いたいことが混ざってきちゃうというか。わたしの場合、そういう自分の純粋なアクションじゃないものは、あとで見返したときにちがうなあってなる。

酒井

それって、自己受容というか、自分自身を許せているということですよね。僕も写真をはじめるまではずっと「自分は社会不適合者だ」と思っていたし、自分がしっかりとした大人になれていないように思えて、ネガティブな気持ちになったりしていました。でも、伊藤さんは「これが自分だ」というふうに受け入れた上で、自分の心を優先しているように見えます。

伊藤

ありがとうございます。なんだか、だらしない人間の自己弁護みたいですけど。たしかに、順応できない自分を本気で責めたことはないかもしれません。こういうふうにしか生きられないのだから、それを受け入れざるを得ない、というか。

でも、フラットに安定しているわけではなくて、許せないことがあると家で怒って泣いたりもします。魂が怒っているんだから、しょうがない。

酒井

なるほど。なんというか、伊藤さんは、魂の近くで生きているんですね。

伊藤

そうですね。わたしは自分のことを“魂派”の人間だと思っていて。でも、“心派”の人もいれば“身体派”の人もいますよね。世の中にはいろんなタイプの人がいると思います。

7.幸福 / ハピネス

酒井

最後にお伺いしたいのですが、伊藤さんはどんなときに幸福を感じますか?

伊藤

今はやっぱり、いい短歌ができたときですね。ほかにも友達と遊んでるときとか海を見てるときとか、いろいろあるけれど、わたしは、幸福や楽しさという言葉が、生きる意味みたいなものにもっとも近いと思ってるので、幸せで楽しいことを、単純に、粘り強く追い求めたいです。

酒井

なるほど。短歌をはじめる前には、そういった喜びを感じさせてくれるものはありましたか?

伊藤

うーん。たくさんあったけど、今思うと、どれもドーパミン由来だった気がします。詳しくないので感覚的な話になっちゃいますが、何かに勝つこととか、一番に君臨することとか、誰か偉い人とかに選ばれることに熱くなってたというか。いい歌ができているときにもドーパミン的なものが出ているとは思うけれど、これまでとはちょっと質感がちがう喜びかもしれませんね。

酒井

短歌との出合いが、自分のほんとうの幸福との出合いでもあったんですね。

伊藤

幸福の質感はここからも変わっていくのかもしれませんが、現時点では、とてもいい場所に来れたなと思っています。

by Kon Ito

伊藤紺 |CREATOR CANVAS

Apr 30. 2026

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