矢島陽介 展示との対話「New Margin」|Dialogue in see you gallery

May. 22. 2026

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東京・恵比寿の「see you gallery」での、写真家・矢島陽介さんによる個展「New Margin」。

真っ白な空間からなる会場には、表情の読み取れないポートレートや、温度感のない建造物・静物写真が展示され、静かな違和感と孤独感からなる周縁(Margin)へと鑑賞者を誘います。

今回は矢島さんに、「New Margin」の制作背景や、写真家としてのルーツ、作品に通底する価値観などについて、詳しくお話を伺いました。

Yosuke Yajima

Photographer

1981年山梨生まれ。2009年「1_WALL」入選以来、国内外で積極的に作品を発表。2013、14、16 年にはオランダ・アムステルダムで開催される「Unseen Dummy Award」に入賞。主な個展に「PORTRAIT」(Gallery916small、2013年)、「Ourselves/1981」(G/P Gallery、2015年)、「anonymous works」(Cale、2024年)、「a way of seeing」(Alt_Medium、2024年)など。主なグループ展に「LUMIX MEETS BEYOND2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #5」(アムステルダム、東京、パリ、2017年)などがある。

都市生活には匿名性を感じる──唯一無二の作家性に影響を与えたこと

矢島陽介
「anonymous works」より

―― 2009年より、写真家として、コンスタントに作品を発表されてきた矢島さん。写真を撮りはじめたのはいつ頃でしたか?

一眼レフを使って写真を撮り始めたのは、大学一年生の頃です。当時の私は地元・山梨を離れ、東京にある、写真とは無関係の大学に通っていたのですが、進学のタイミングで一緒に上京した友人が、専門学校で写真を学んでいたんです。フィルムカメラでモノクロのストリートスナップをたくさん撮っていた彼がその魅力を私に熱弁してくれて、「おもしろそうだな」と思い、私も実家にあった一眼レフで写真を撮りはじめました。

とはいえ、専門的に学んでいた友人とは違い、当時の私は写真に関してまったく無知だったので、一眼レフの露出計が壊れていることにも気づかず「なんだかうまく撮れないな」と戸惑ったりしていたのですが、友人に教えてもらったり、いろんな作家の写真を観たりして、少しずつ学んでいきました。

―― 矢島さんの写真というと、表情の読み取れない人物写真、温度の感じられない都市風景など、鑑賞者に違和感を与えるような独特の作風が思い浮かびますが、当初からその作家性は確立されていたのでしょうか。

当時は今よりもずっと経験値が浅かったので、自分の作風を確立できるレベルには達していなかったように思います。どちらかというと、自分のスタイルを模索していたような感じでした。

―― なるほど。では、ご自身の作家性に影響を与えた出来事や、作家・作品などはありますか?

あくまで個人的な印象ですが、私が写真をはじめた当時は、ストリートスナップが重視されていて、“人の深層に迫る”というか、“被写体にぶつかっていく”ような写真が多かったように思います。けれど私はそういった写真がどうにも得意じゃなく、「世の中にはこういう写真しか受け入れられないのだろうか」と思ったりしていたんです。そんななか、ホンマタカシさんの写真集『東京郊外 TOKYO SUBURBIA』に出合ったときには、「写真って、こういうことでもいいんだ」と思うことができて、とても気持ちが楽になったのを覚えています。影響を受けた作品というと、まっさきにそれが思い浮かびますね。

影響を受けた出来事でいうと、2つほどあって。そのひとつが、2001年に起きた9.11事件(アメリカ同時多発テロ事件)です。当時まだ20歳だった自分は、戦後の日本の状況──つまりアメリカを中心として形成された文化圏を当たり前に思っていたけれど、あの事件をきっかけに「自分が表だと思っている世界だって、裏側から見れば“裏の世界”なんだ」という、考えてみればごく当たり前のことに気づかされて。表だと思って謳歌していた世界への見え方が変わり、視点を大きく転換させられた感覚がありました。

もうひとつが、その数年後に亡くなった、祖父の日記を読んだこと。亡くなったときには90歳を超えていて、なかなか長生きな人だったのですが、祖父は若い頃からずっと日記を書き残していたので、「向こうでも日記が書けるよう、最後の一冊は棺に入れよう」ということになったんです。そのときに初めて祖父の日記を少しだけ読ませてもらったのですが、そのなかに「何年過ぎても、今日は今日である」という一文がありました。それを読んだときに、絶望でも希望でもない、今という瞬間の意味について深く考えさせられたことが、今の自分の考え方に影響を与えてくれていると思います。

矢島陽介
「Ourselves/1981」より

―― 被写体との一定の距離を感じさせるスタイルが確立されたことにも、パーソナルな背景があるのでしょうか。

そうですね。これには、私が都市生活を送る上で感じていた“匿名性”のようなものが関わっていると思います。たとえば満員電車に乗っているとき、すごく近い距離に立っている人のことを、自分はまるで知らない。反対にいえば、自分のことも、その場にいる誰も知らないことがほとんどでしょう。それって、匿名掲示板やSNSにおける匿名性と、何ら変わりないと思うんです。

とはいえ、私は別段それに対してネガティブな感情をもっているというわけではなくて、むしろその孤独を心地よく思って、享受している部分があります。私は会社員をしながら作家活動をしているのですが、一定期間でさまざまな職場を異動する働き方をしているというのもあり、継続した自分というものがリセットされる感覚を、作品に落とし込んでいるのかもしれません。

―― 矢島さんの写真には、従来の記録的な写真や視覚的な美しさを追求するような写真とは異なる、ポストフォトグラフィの文脈での作品性を感じます。ご自身では作家としてのステートメントをどのように捉えられていますか?

ポストフォトは幅が広いので、自分の写真がそれに当てはまるのか判断できないのですが、一般的に正当とされる系譜を引いたアプローチをしているかというと、全くそうではないと思います。かといって、カメラやフィルム、写真という物質性のようなものへの関心が高いのかというと、そういうわけでもなくて。

私は、ものの見方や捉え方、その変容のようなものにとても興味があります。写真というのは、自分を含めた鑑賞者の“ものの見方”をあぶり出す上で最も有効なツールだと感じていて、だから写真作品をつくり続けているのだと思います。

言葉にできない空洞の周縁部をなぞる「New Margin」

New Margin

―― 「New Margin」というタイトルには、どのような意味が込められていますか。

コロナ禍を経て、リアルな体験が少なくなり、視覚体験ばかりが増えていっていることに対して、“手ざわり”の欠如のようなものを感じています。フランスの発明家が写真を誕生させてから200年が経ちますが、この200年間で、我々人間のものの見方というのは、おそらく大きく変化しましたよね。テレビやスマホが登場し、自分が知ろうとしていなくても、情報がどんどん入ってくるようになった。その分、見る側に、微細な変化に対する“読み取る意志”というものが欠如してきているように感じるんです。これは他人事ではなくて、誰よりも自分自身が感じています。この情報過多による、ものごとを読み取る能動性の欠如や、空虚さといったものが、ひとつの大きな要素になっています。

もうひとつ、これもコロナ禍で顕著になっている気がしますが、人との温度のある関わりが減ったことで世間全体において強くなっている疎外感も関係しています。この時代を生きる多くの人が、言葉にできない“空洞”のようなものを抱えているのかもしれない。

これに加え、私自身、自分が感じていることを形にすることの難しさを感じているので、ある意味「New Margin」は、その感覚の周縁部(Margin)を展示することで、中心となるものをあぶり出そうとするアプローチになっています。

―― 今回の展覧会では、新作だけでなく、これまで発表されてきたシリーズも多数展示されています。ご自身では、それぞれの作品に通底するのは、どのようなものだと思われますか?

矢島陽介
「Ourselves/1981」より

作品のシリーズというのは単なるアウトプットによる切り分けであって、私が各作品でやっていることは、あまり変わらないと思っています。普遍性と匿名性をもつ被写体というのが大切で、写っているのが“誰”なのか、“どこ”なのかというのは、とくに重要ではありません。写っているもののストーリーや前後関係、“意味”そのものを極力避けて、観た人が唐突に感じられる距離や構図や色合いを意識すること。こういったものは、私が写真を撮る上でのルールになっていると思います。

―― 個展の開催と同時に発売された同名のブックでは、デザイナーの宇平剛史さんがデザインを担当されていましたね。イメージの共有など、制作はどのように行われましたか。

宇平さんには、2015年に刊行した『Ourselves / 1981』でもデザインを担当していただいたんです。その際に、宇平さんのデザインが自分の作品にもフィットしていると感じたので、今回も信頼してお願いしました。とくに打ち合わせを密に重ねたというわけではなく、3月ごろに一緒に出展したブックフェアの会場で、重要なポイントを共有したという感じだったのですが、過去にご一緒した経験がありますし、宇平さんがデザイナーとしてとても優秀な方なので、スムーズに完成させることができました。

展示とは、“見る”ことに対して自覚的になる瞬間を提供できるもの

矢島陽介

―― 展示の会場として「see you gallery」を選ばれたのはなぜですか?

宇平さんが昨年「イメージの物質性 / Images as Matter」展を開催されたとき、初めて「see you gallery」を訪れたのですが、空間がすごくすてきで、私の作品とも相性がよさそうだと感じたことがきっかけです。その後、ギャラリーの方とお話しさせてもらい、こうした機会をいただくことができました。

―― 事前に「see you gallery」で撮影された写真が会場に展示されているのも印象的でした。こちらにはどのような意図があったのでしょう?

これは、以前別の会場で展示をした際にもやったのですが、そのとき単純に「これから展示を行う空間で撮影して作品をつくる」という体験がおもしろかったのと、その会場で展示をする意味合いというのがひとつ増えるなと感じて、今回も試してみました。

被写体となってくださったのは、ギャラリーを運営する株式会社XICOのスタッフの方々です。先ほどもお話ししたとおり、私はいつも作品づくりにおいて「被写体が誰であるのか」というのを重要視しておらず、むしろあまり意味をもたせないようにしているので、今回はこれまでの自分とは関係性がない方々に協力していただく形を取りました。

矢島陽介

―― 普段から展示構成はご自身でされているという矢島さんですが、今回も展示構成はお一人で行われたのでしょうか。写真のセレクトや配置などはどのように決められましたか?

展示構成は、今回もひとりで行いました。配置の決め方はわりとシンプルで、入ってすぐのメインスペースには新作を展示し、物販スペースやそこへ続く通路のようなスペースなどには、アーカイブ的に、過去の作品を展示しています。

―― 新作の展示では、白木の額のなかにパネルの作品を収めるという額装を採用されていましたが、こちらもユニークな試みに感じられました。

プリントを裏打ちしてフレーム内で浮かせて見せる展示方法は、これまでにも好んで採用していました。今回は会場のトーンも考慮して、フレームありの作品となしの作品との配置バランスを検討しながら、全体の構成を考えました。

―― 通路のような小さな空間には「PORTRAIT」の人物写真が大きく展示されていましたね。今回の展示では、顔の見える人物写真はこの1枚だったかと思います。こちらはどのような意図で展示されましたか?

こちらは、以前に別の場所で展示をするためにプリントしたものです。実物大よりはるかに大きいポートレート写真って、それだけで違和感があると思うのですが、以前の展示では会場が大きかったこともあり、訪れた人は適切な距離をもって鑑賞していたんですが、今回のような狭いスペースに配置すると、否が応でも鑑賞者と作品との距離が近くなってしまうわけで、より強烈な違和感を与えることができるのではないかと思いました。

矢島陽介
「PORTRAIT」より

―― 最後に、矢島さんにとって、実空間に作品を展示する意義や価値はどのようなものなのか、お聞かせください。

展示には、“見る”ということに対して自覚的になる瞬間を、自分を含めた鑑賞者に対して提供するという意義があると思っています。展示のために写真をプリントすると、撮影したそのときには気づかなかった部分に気がついて「自分で撮影した写真のはずなのに、ちゃんと見えていなかった」と感じることがあるのですが、写真に限らず、日常生活のなかでも「自分の視界に入っているのに、ちゃんと見えていなかった」と感じることがよくあって。私は作品の展示を通じて、その感覚を自分自身に対しても再確認させようとしているのかもしれません。

また、私自身、展示空間という静かな場所で作品を鑑賞するのが好きなんです。もちろん、展示されている作品が自分に感銘を与えるようなものであればなお素晴らしいですが、そうでなくとも、作品を鑑賞するための空間、そしてそこで過ごす時間というのは、自分にとって大切なもの。だから、それを提供できる側になれるということには、とても幸せを感じます。

Information

EXHIBITION

New Margin
会期:2026年5月8日(金) – 5月25日(月)
営業時間:13:00 – 20:00 (火・水 休館日・入場無料)
会場:see you gallery
住所:〒150-0012 東京都渋谷区広尾1-15-7 2F
主催:see you gallery
SNS:instagram.com/seeyougallery/
お問い合わせ先:contact@seeyougallery.com
メール対応時間 10:00 – 19:00(弊社休日を除く)

by Yosuke Yajima

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