岡庭璃子 展示との対話「凪のめぐる — Where the Tide Pauses」|Dialogue in see you gallery

Apr. 24. 2026

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東京・恵比寿の「see you gallery」での、写真家・岡庭璃子さんによる個展「凪のめぐる — Where the Tide Pauses」。

岡庭さんが2022年より熊本県水俣市に通い、撮影と執筆を続けてきたシリーズ「凪のめぐる」より構成された本展。水俣病公式確認からまもなく70年を迎える“水俣のいま”が、写真とテキストによって届けられています。

今回は岡庭さんに、「凪のめぐる」の制作背景や、取材を重ねてきた水俣への想い、写真家としての“課題”との向き合い方などについて、詳しくお話を伺いました。

Riko Okaniwa

Photographer

1992年生まれ。立教大学社会学部メディア社会学科卒。2015年「HUNGRY ISSUE.5 LIMITED EDITION」に選出、展示(渋谷、京都、札幌)。2021年 銀座・大阪キヤノンギャラリーにて個展「ヒマラヤの麓の龍の国-Druk Yul-」を開催。日本デザインセンターに在籍し、広告写真家として活動しながら、個人的な関心から人物や土地の記憶を撮り続けている。

写真というメディアのもつ“強さ”に衝撃を受け、フォトグラファーの道へ

「ことばはいらない」より

―― 立教大学社会学部メディア社会学科卒業後、日本デザインセンターに入社され、現在も同社で広告フォトグラファーとして活躍する岡庭さん。フォトグラファーという仕事は、かねてから志していたものでしたか?

何かを表現する仕事をしたいという思いは昔からありましたが、大学に入った当初は文章での表現に関心があり、出版業界へ進みたいと考えていました。転機が訪れたのは、ジャーナリズムのゼミに所属していた頃。授業で、ある報道写真を目にしたとき、写真というメディアのもつ強さに、衝撃を受けたのがきっかけでした。

写真自体には子どもの頃から興味があり、小学生の頃に買ってもらった一眼レフでいろんなものを撮ってみたりしていたのですが、本格的に撮り始めたのは、大学3年生になり、写真部に入ってからです。フィルムカメラで写真を撮ったり、暗室で現像したりというのも、写真部時代に初めて経験したことでした。

―― 就職活動をはじめるときには、もう写真の道に進むことを決意されていたのですか?

話すと少し長くなってしまうのですが……。就活中に「瀬戸内国際芸術祭」のボランティアに参加したことがあって。そこで、岩田草平さんが主宰するアート団体「Prominority」のプロジェクトに関わる機会がありました。インドの先住民族である“サンタル”の方々とともに、伝統的な土の家を制作・展示するというもので、私は制作のお手伝いをしながら、その様子を写真に撮り、冊子にまとめました。

それを岩田さんにお見せしたところ、とても喜んでくださって、「彼らが帰るときにインドに行くんだけど、写真を撮るにはすごくいい場所だから、よかったら一緒に来る?」と声をかけていただいたんです。それで、就活中ではあったのですが、「行くしかない」と思い、思い切ってインドへ向かいました。

現地ではひたすら写真を撮っていたのですが、帰国後に写真を見ていただいた際、「市原での芸術祭『いちはらアート×ミックス』で展示できる場があるから、やってみない?」と声をかけていただきました。誰かの活動を撮影し、それを展示として届けるという経験は初めてで、仕事として写真に関わる最初のきっかけになりました。

そして帰国後、日本デザインセンターに応募したところ、運よく内定をいただき、現在に至ります。

「ことばはいらない」より

―― 現在は広告フォトグラファーとしてご活躍されている岡庭さん。クライアントワークではデジタルが主かと思いますが、パーソナルワークにはフィルム写真が多い印象です。フィルムカメラを選ばれる理由は何ですか?

「凪のめぐる」にも通底するのですが、パーソナルワークにおいて「目に見えないものを撮る」というテーマをもっています。デジタルカメラはすぐに確認ができるのでつい撮りすぎてしまうけれど、フィルムは現像しないとちゃんと撮れているのかわからないぶん、“祈る”ような撮り方になるので、そのテーマに合致するような気がするんです。

フィルムって、お金もかかるし、現像してそれをスキャンしてデータにして……という手間もかかるけれど、それだけ作品の濃度を上げてくれるような気がします。環境に良くないという側面もあるし、今後どうしていこうかなという想いもあるけれど、今のところ、パーソナルワークではフィルムカメラを愛用していますね。

「ヒマラヤの麓の龍の国-Druk Yul-」より

水俣病は文明が生んだ歪み──水俣で得た気づきから生まれた「凪のめぐる」

―― 東京自由大学のウェブマガジン「なぎさ」で連載中の記事「凪のめぐる」。水俣病をめぐる熊本県水俣市のいまを写真と文章で届けるシリーズですが、スタートされた経緯や、水俣を訪れることになったきっかけについて教えてください。

2021年に「キヤノンギャラリー」で個展「ヒマラヤの麓の龍の国 -Druk Yul-」を開催したとき、東京自由大学理事の辻信行さんが来てくださったのですが、そこで「一緒に水俣へ行かないか」とお誘いいただいたんです。もともと東京自由大学は水俣と縁のある学校で、辻さんもいつか水俣を訪れたいと考えていたそうなのですが、せっかくいろんな方からお話を聞けるのなら複数人で行ったほうがいいだろうということで、私にも声をかけてくださって。

それまでの私は、水俣病について「四大公害病のひとつだ」という程度の知識しか持っていなかったし、恥ずかしながら「ずっと昔に問題となった病気で、もう終わったこと」と認識していました。けれど実際に現地を訪れてみると、いまだに「水俣では、水俣病について公に話しにくい」という空気があり、問題はまったく終わっていないのだということを知って、とても驚きました。そこから、石牟礼道子さん(※水俣病患者への取材と支援を重ね、作品を通じて世間へ発信していた作家)の本をはじめ、関連する書籍を読み始めて、少しずつ水俣病について学んでいったのですが、徐々に、これは「汚染水を排出したチッソが“加害者”で、汚染された海産物を食べて病に罹った人々が“被害者”である」という単純な構造では捉えきれない問題なのだと気づいていきました。もちろん、原因が排水にあると知りながらそれを流し続けたチッソの責任は極めて大きく、その事実が揺らぐことはありません。けれど同時に、それだけでは語り尽くせない現実が、そこにはあったんです。

たとえば、スマートフォンの液晶や、フィルムカメラのフィルムだって、チッソがつくっていたもの。近代化した現代において、チッソがつくったものを使わずに生活することは、とてもむずかしいんです。そこに思い至った途端、ベクトルが自分のほうに向いて「この世界に生きているというだけで、実はいろんな問題の加害者になっているのではないか」と思うようになりました。水俣病だけでなく、福島の原発事故や、沖縄の基地問題も、そう。ニュースで目にするだけの遠い土地の問題ではなくて、実は自分にも深く結びついているんだと気がついたんです。

それまでは「熊本出身でもない余所者の自分が、水俣について取り上げるべきじゃない」と思っていたんですが、「この問題はいわば文明の歪みから生まれたものであり、この課題に対して、私も自分なりに応答すべきだ」という気づきに、強く背中を押されて。何も知らない自分だからこそ書けることもあるだろうし、それを見てくださった方が、私のように水俣病について身近に感じることができるかもしれないと思い、水俣という問題に、自分なりの距離で向き合い始めました。

―― 「凪のめぐる」というタイトルには、どのような意味が込められていますか?

「なぎさ」で連載していた「凪のめぐる」は、もともと、当時私が住んでいた湘南の日常風景を綴るシリーズとしてはじまったものでした。当初は、海風と陸風が止まる美しい“凪”の瞬間を取り上げたいと思って名付けました。凪の状態は永遠ではなくいつか必ず動き出すのだから、凪は何かが起こる前触れでもある、そしてそれは毎日起こっている、という意味もこめて、「凪のめぐる」としています。

その後、途中から水俣を取り上げる内容へと移り、連載も継続していくことになりました。湘南も水俣も海辺のまちであり、私のなかでは通底するテーマがあったため、タイトルはそのまま引き継ぐことにしました。

―― 今回の展示開催と同時に発売された写真集『凪のめぐる — Where the Tide Pauses』には、「凪のめぐる」に掲載されていたコラムをまとめた「記憶ノート」も付属していました。水俣病被害者の方、そのご家族やご遺族、水俣病の歴史を伝え被害者支援に取り組む「水俣病センター相思社」の方などのエピソードが登場しますが、取材する上で、岡庭さんの心にもかなりの負担があったのでは。

正直、心がつらくなることは、何度もありました。すごくセンシティブな問題ですし、私は誰かの人生を作品として描かせていただいているわけで、その重みもすごく感じて。カメラを向けて写真を撮ることは、ある種の暴力性を孕んでいると思うので、水俣の方をむやみに傷つけることがないよう、最大限配慮する必要もありました。

けれど一方で、水俣を訪れることで、私自身が癒やされているという側面もあって。水俣には深い悲しみがある一方で、それに向き合い、支えようとする人たちが集まっています。そのあり方にふれることが、私自身の癒やしにもつながっているのかもしれません。

水俣では、人の痛みはその人にしかわからず、完全には理解しきれないものだと感じることがあります。石牟礼道子さんの『苦海浄土』に描かれてきた場所が目の前にあり、胎児性水俣病の患者さんに出会うなかで、他者の痛みにふれることによって、自分の内側の痛みにもふれている感覚がありました。

そうした感覚を抱えていたなか、先日、グリーフケアの研究をされている島薗進さんとイベントでご一緒した際に「悲しみのあるところに光がある」とおっしゃっているのを聞いて、なるほど、と思ったんです。なぜ自分が水俣に惹かれるのか、まだはっきりとは分かりませんが、その感覚の一端に言葉が与えられたような気がしました。

写真からは見えないものに、想いをめぐらせてみてほしい

―― 「see you gallery」での個展「凪のめぐる — Where the Tide Pauses」は、どのような経緯で開催されることになったのでしょう。
今年の5月で、水俣病公式認定から70年が経ちます。それに合わせて、今年、東京自由大学はさまざまなイベントを企画していて、「岡庭さんにも何かやってほしい」とお声がけいただきました。最初に、飯沢耕太郎さん、島薗進さんとの特別講座「凪のめぐる 水俣の余白を写して」が開催されることが決まり、その後、講座の会場である「写真集食堂めぐたま」からほど近い「see you gallery」で個展を開くことが決まりました。

―― 展示の構成などは、岡庭さんがお一人で考えられたのでしょうか?

写真集の制作にも展示の準備にも、デザイナーの矢崎花さんに協力いただきました。会場には、「はぐれ雲工房」(※胎児性、幼児性水俣病患者含む5人が1984年に立ち上げた紙漉き・機織工房)の和紙をテキストとともに展示していますが、これは「会場に“地のもの”があったほうがいいのでは」という、矢崎さんのアイデアです。「はぐれ雲工房」は、竹やい草、玉ねぎの皮など、いらないものとして人に見捨てられてしまったものを紙づくりに活かしている工房さんなので、「見えないものを写す」という作品のテーマとも呼応するな、とも思いました。

―― 写真だけでなくテキストを展示していることも、なかなか珍しい試みに感じました。写真と文章の両方で届けるというのは、岡庭さんにとって不可欠なことだったのでしょうか。

そうですね。この作品は文章ありきのもので、写真だけを見ていただいても、大事なことが伝わらないと思ったんです。たとえば、吉永理巳子さん(※劇症型の水俣病によって肉親を亡くした経験をもつ、「水俣病を語り継ぐ会」代表理事)のご自宅の裏庭から望む「エコパーク水俣」の写真。これだけだと、運動場のある公園を写した穏やかな日常のように見えるけれど、実は「エコパーク水俣」は埋立地で、運動場の下には、メチル水銀を含んだヘドロや汚染魚たちが大量に埋められています。

生きていると、世界の見え方が変わる瞬間に出くわすことって、たくさんありますよね。自分がそれまで無自覚でいたことに気がついて、視界がガラリと変わるようなこと。今回の展示では、それをちょっと再現してみたいと思ったんです。それで、まずは写真を見てもらってから、その後文章を読んでもらう、という構成にしました。

―― なるほど。それは、やはり、実空間での展示だからこそできる体験のように思えますね。

そう思います。私は、やっぱり、どんなに文明が発展していったとしても、“実物”というのは手放してはいけないと思うんです。web上にあるものをスクロールしながら眺めるのと、展示されているものを歩きながら観るのとでは、印象の濃さがまるで異なりますし、私が目で見たものを届ける手段としては、実空間での展示がいちばん強いと思います。

―― 今後も岡庭さんは、「凪のめぐる」を通じて、水俣への取材を続けられる予定ですか?

この先もずっと続けていく予定で、終わりはないと思っています。胎児性水俣病患者の方も60代後半から70代前半となり、水俣病というものを知らない世代が生きていく時代になったけれど、今も全国で1700人以上の方が水俣病による被害を訴えていて、裁判で国などに損害賠償を求めています。水俣病はまだ終わっていないというこの現実を、私なりに伝え続ける必要があると思うんです。

水俣病ときくと、当時の惨状を写した白黒写真をイメージされる方が多いと思います。強烈にインパクトのある写真ですが、私はその印象から少し離れたものを届けたいと思っていて。今の水俣が、その白黒写真の時代のままというわけではないし、今の水俣の、一見穏やかな風景を届けることで、その写真のなかにある“見えないもの”に想いを馳せて、想像力を働かせてみてほしいと思うんです。

実際、今回の展示にご来場してくださった方に「水俣の写真はどこにありますか?」と聞かれたことがありました。その方のなかには、やはり、凄惨な水俣病の写真のイメージがあって、展示されていた写真と水俣とがうまく結びつかなかったのだと思います。「ここにある写真はすべて、水俣で撮影したものです」とお伝えすると驚かれていましたが、それこそ私の意図したところだったので、ちょっとうれしかったですね。

報道写真のような、意図や事実を100パーセント伝える写真も、役割としてはとても重要ですが、私は常に、より余白のある写真を届けたいと思っています。「なぜ撮影者はこの写真を撮ったのだろう」「ここで何があったのだろう」と考えをめぐらせたり、「写っているこの場所、去年行ったあそこにちょっと似ているなあ」なんて想像して、感情をちょっとのせたりできるようなもの。今はAIも台頭しているけれど、そういった、人の心の“空白の土地”にいろんなものを詰められるような写真を、これからも撮り続けていきたいです。

Information

EXHIBITION

凪のめぐる — Where the Tide Pauses
会期:2026年4月11日(土) – 4月27日(月)
営業時間:13:00 – 20:00 (火・水 休館日・入場無料)
会場:see you gallery
住所:〒150-0012 東京都渋谷区広尾1-15-7 2F
主催:see you gallery
SNS:instagram.com/seeyougallery/
お問い合わせ先:contact@seeyougallery.com
メール対応時間 10:00 – 19:00(弊社休日を除く)

by Riko Okaniwa

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Apr 24. 2026

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