さまざまな分野のクリエイターと連携し、ひとつの作品を編みあげる。いわば裏方として作品づくりを支える「編む人」たちに、クリエイティブの美学を伺います。
今回は、東京・飯田橋のギャラリー「Roll」の代表を務める、キュレーターの藤木洋介さんにインタビュー。長年さまざまなアーティストの展覧会を手がけてきた藤木さんは、どのようにクリエイティブを支えているのでしょうか。ご自身のキュレーションにおける美学について、詳しくお話を伺いました。
アートを通じて人間関係が“回る”場をつくりたかった

―― BEAMSが運営するギャラリー「B GALLERY」にて、15年ほどキュレーターをされていた藤木さん。「B GALLERY」に配属される以前は販売部門にいらしたそうですが、突然キュレーションの仕事をすることになった際、戸惑いなどはなかったのでしょうか。
とくにはありませんでしたね。というのも、BEAMSに入社したのも、ファッションが好きだったからというより「いろんなことをやっている会社で、おもしろそうだな」と思ったことがきっかけでした。かねてからファッション、音楽、映画、美術と、いろんなことに広く興味をもっていたので、「B GALLERY」に配属されたのも、当時の上司から「向いている」と思ってもらえたからだと思います。
とはいえ、キュレーションについては誰に教わったわけでもなかったので、「B GALLERY」のアシスタントからディレクターとなる過程で、実際に仕事をしながら学んでいくしかありませんでした。もちろん、僕は特段アートに詳しい人間でもなかったので、書籍を読んだり、ほかのギャラリーの展覧会へ積極的に足を運んだりもしていましたが、やはり現場でのやり取りやアーティストとのコミュニケーションから学んだことが、一番大きかったと思います。
―― 2020年に「B GALLERY」を離れ、2021年に新たにギャラリー「Roll」を自ら立ち上げられましたが、「“人間の関係性” をアートの定義として捉え、その関係性が回る場所」という「Roll」のコンセプトについて、詳しく解説いただけますか?
「B GALLERY」を離れて自らギャラリーを立ち上げようと思った理由には、「会社の知名度に頼らず、自分ひとりの力で挑戦してみたい」という気持ちがあったからなのですが、自分のギャラリーを持つにしても、“ギャラリスト”ではなく、展覧会の企画から終わりまできちんと関わる“キュレーター”でいたいと考えていました。
もともと僕は、アーティストと、それを支える人との関係がとても好きなんです。会社名にファン・ゴッホという名前を付けているのも、画家のフィンセント・ファン・ゴッホと、その弟で画商のテオドルス・ファン・ゴッホとの関係に影響を受けたから。2人の死後に公開された往復書簡を読んだとき、単に兄弟というだけでなく、画家と画商という関係をもった2人が、お互いに支え合っていたんだというのをすごく感じたんです。僕もそんなふうに、アートを通じた人間の関係性が“回る”場をつくりたいと思い、「Roll」という名前をつけました。
じっくりと対話を重ねる独自のキュレーション

―― 「Roll」で開催する展覧会において、共通するこだわりなどはありますか?
あえて挙げるなら、じっくり時間をかけて展覧会をつくっていることでしょうか。たとえば、2024年に開催した公文健太郎さんの写真展「煙と水蒸気」は、公文さんと2年ほどかけてつくり上げたものです。
写真家の展示の場合、絵画や彫刻などと異なり、作品の制作から展覧会までの準備期間が短い場合が多いかと思いますが、「Roll」では最低でも1年ほど準備期間をいただいています。とくに初めてご一緒するアーティストの場合は、その方自身について知る時間をたっぷり取りたいし、何度もお会いして作品を見せてもらうなかで、展覧会の方向性などをじっくり相談していきたいんです。
―― 公文さんとは、恵比寿の「see you gallery」での写真展「Dropped Water, Dropped Fruit」でもタッグを組まれていましたね。
「Dropped Water, Dropped Fruit」は、先に公文さんとデザイナーの宮添浩司さんが2人で写真集の制作を進められていて、そこに僕は関わっていなかったのですが、展覧会については公文さんから「基本的にはおまかせしたい」と言っていただいていました。もちろん、この展覧会をつくる際にも、事前にじっくりと作品にまつわるお話を聞かせてもらっています。
この展覧会は、富士山をとらえた「Dropped Water」と、キナバル山とその周辺集落を撮影した「Dropped Fruit」という2つの作品から成るものでしたが、公文さんが何を一番表現したいのか伺ったときに「水や果実といった恵みを与えてくれる山は、かつては信仰対象であったけれど、科学の発展などの影響で人の価値観が変化し、そうではなくなった。もう一度、山にある“なにものかの気配”のようなものに意識を向けたい」と話してくださって。ならば僕はそういった、目には見えないものの“気配”を展覧会のキーワードにしようと思いました。展覧会では、公文さんが富士山で撮影されたホタルの光を数枚配置しましたが、あれは“気配の先”を表現することをねらったものです。

―― 公文さんのように、展覧会の構成について、「藤木さんにおまかせしたい」と依頼されることは多いですか?
いえ、「一緒につくっていきたい」という方がほとんどだと思います。もちろん「全部おまかせしたい」と頼ってくださる方もいらっしゃいますが、全体の2割ぐらいじゃないかな。
アーティストの中には、キュレーターに頼らず、一人で展覧会をつくられる方もいますよね。そこをあえてキュレーターに頼みたいと考えるのは、「自分では考えつかないことを教えてほしい」「一回、この作品を壊してみてほしい」と思っている方だと思うんです。意外と、アーティスト本人だけでは、作品の本質にたどり着けないということもありますからね。キュレーターという職業名は直訳すると“世話役”になるのですが、アーティストが僕に求めているのは、結局のところそういった、作品をつくる上でのお世話役──サポーターとしての役割だと思うので、そこには全力でお応えしたいと思っています。
アーティストとの関係も、突き詰めれば“人付き合い”

―― 藤木さんがキュレーターとして作家の方々と関わるうえで、ふだんから大切にしていることや、意識していることはありますか?
やはり、アーティストが求めていることをしっかり把握し、それに応えることで、信頼関係を築いていくことでしょうか。
とはいえ、キュレーターという立場のみであれば「いい展覧会にする」というのが一番の目標なので、自分のがんばり次第でカバーできますが、「Roll」の場合はギャラリストという立場が関わってくるので、なかなか難しい部分もあります。ギャラリーを運営している以上、作品を売らなくてはいけないですからね。
―― 作家と信頼関係を築くことと、売上をたてることとのバランスは、どのように取られていますか?
アーティストによって、シチュエーションによって、信頼関係の築き方は当然変わってはきますが、その方の目的や趣旨といったことはできるだけ細かく聞くようにしていて、その上で「一番の目標は何か」を相談しながら設定するようにしています。
「Roll」の場合、「とにかく作品を売りたい」というアーティストはほとんどいなくて、「何をしたいか」「どう実現したいか」を重視する人が多いです。なので、売上のために価値観や作品を変えさせるようなことはせず、「自分たちがいいと思うものを、どうがんばって販売に繋げていくか」を一緒に考えていく、という感じですね。アーティストの意向をないがしろにせず、じっくり話し合うことができれば、信頼関係を損なうことはないと思っています。
―― 中には、目的や趣旨、作品のコンセプトなどを言葉にすることが得意でない作家の方もいるかと思います。そういったときには、どのように対応されていますか。

基本的に、ヒアリングにはすごく時間をかけるようにしていますが、もし昼の打ち合わせで「なかなか引き出せないな」と感じた場合、時間を変えて、夜ご飯を食べながら話してみたりすることもあります。
でも、だいたいの場合、何度も会って会話を重ねるうちに、自然と仲良くなっていけるんですよ。アーティストの作品って、人には打ち明けられない問題などが深く関わっていたりすることも多いので、作品について話し合ううちに“素”の部分を向こうから見せてくれることが多くて。アーティストとキュレーターというビジネスの間柄ではあるけれど、結局のところ僕がしているのは、“人付き合い”というか、“人間関係の構築”なのではないかと思ったりします。
―― 藤木さんが「一緒に展覧会や作品をつくりたい」「仕事をしたい」と感じるのは、どんな方でしょうか。
それはとっても難しい質問ですね(笑)。でも、あえていうなら、月並みな言い方だけれど「自分にしかできないことをしている人」かな。
僕は、アーティストとほかの職業との大きな違いって、「誰にも頼まれていないことをしていること」だと思うんです。多くの仕事は、誰かに依頼されることによって成り立っているけれど、アーティストは必ずしもそうじゃないでしょう? 音楽にせよ、美術にせよ、写真にせよ「誰に頼まれたわけでなくとも、自分が作品をつくらずにはいられないからつくっている」という人が多い。そしてそういう人ほど、誰にも似ていない、オリジナリティを極めたものを生み出すことができると思うんです。自分のなかにある叫びや「やりたい」「つくりたい」という衝動に忠実なアーティストに、僕はつい声をかけたくなってしまいますね。
―― お話を伺っていると、藤木さんは“生来のキュレーター気質”という感じがしますね。クリエイティブを支えることにこそ、楽しみを感じられているように思えます。
そうですね。アーティストがもっているような表現としての情熱は、僕のなかにはないものだし、だからこそすごく興味を惹かれます。彼らの仕事を間近で見ながら作品を届けるサポートをさせていただけるというのは、ほんとうにやりがいのあることですし、自分には向いていると思いますね。これからも“裏方”の仕事を、楽しみながら続けていきたいと思っています。

