宇平剛史 展示との対話「イメージの物質性 / Images as Matter」|Dialogue in see you gallery

May. 16. 2025

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2025年4月30日(水)から5月18日(日)まで、現代美術家・デザイナーとして活躍する宇平剛史さんによる個展「イメージの物質性 / Images as Matter」が、東京・恵比寿の「see you gallery」にて開催中です。

初披露となる新作「White Rose」と、宇平さんが継続的に発表を続けている連作「Skin」によって構成された同展は、視覚を通じて触覚をも刺激する、まさに「物質」を感じさせる展示となっています。

今回は宇平さんに、展示作品の制作背景や、アートワークやデザインワークにおけるインスピレーションの源について、詳しくお話を伺いました。

Goshi Uhira

Artist / Designer

1988年、福岡県福岡市生まれ。東京都立大学システムデザイン学部インダストリアルアート学科修了。モノクロームを基調とする精緻かつ静謐な作品を国内外で発表している。2023年にN&A Art SITEで個展「事物の生」、2021年に横浜市民ギャラリーで個展「Unknown Skin」を開催。2020年に「3331 Art Fair(3331 Arts Chiyoda)」に参加し、小池一子賞を受賞。装幀を手がけた主な書籍に、星野太「美学のプラクティス」(水声社、2021年)、沢山遼「絵画の力学」(書肆侃侃房、2020年)、荒川徹「ドナルド・ジャッド」(水声社、2019年)、横田大輔「Vertigo」(Newfave、2014年)など。2022年には自身のアートワークとデザインワークを収めた初の作品集『Cosmos of Silence』(ORDINARY BOOKS)を出版。

日本美術から影響を受けた独自のクリエイションスタイル

―― 東京都立大学システムデザイン学部インダストリアルアートコースを卒業されたのち、さまざまなデザインワークやアートワークで国内外からの注目を集めてきた宇平さん。デザインやアートに興味をお持ちになったのはいつ頃でしたか?

祖父母が盆栽作家や鉢作家をしており、自分も小さい頃から書道をやっていたこともあり、幼い頃から芸術には関心がありました。絵を描いたり、工作をしたり、祖父母から影響を受けて陶芸をしてみたりと、さまざまなものづくりを小さいうちから経験していましたし、「大人になっても芸術に関わる仕事がしたい」と漠然と考えていたように思います。

―― 卒業後はフリーランスとして活動を開始されたそうですね(※現在は法人化)。アートギャラリー「Aoyama Meguro」のロゴデザインや、ファッションブランド「JEANPAULKNOTT」のカタログデザイン、書籍の装丁など、キャリアをスタートして間もなく大きなクライアントワークを請けられていましたが、早い段階からデザイナーとして支持されるようになった理由は何だと思われますか?

キャリアをスタートした当時は、アートディレクションやグラフィックデザインのご依頼を主に請けていたのですが、「モノクロームを基調とした制作に特化する」ということを自分のなかで意識していたので、結果的にほかのアートディレクターやグラフィックデザイナーの方との差別化を図ることができていたのではないかと思います。自分のスタイルを明確にしたことで、共感してくださるクライアントの方からご依頼をいただけるようになりました。

宇平剛史

―― ご自身のクリエイションのスタイルは、キャリアをスタートされた際から、あまり変わっていないのでしょうか?

ベースは変わっていないと思います。小さい頃から書道や盆栽などの日本的な美術に惹かれていたので、根本に「自然との調和」「細部への賛美」「簡素の精神」といった価値観や美意識があります。

―― たしかに、デザインワークでもアートワークでも、宇平さんの作品からは「ミニマル」という印象を受けます。

たとえば1枚の紙に絵を描こう、デザインを施そうと思っても「すでにこの紙自体が完璧な美しさを持っているのだから、何も手を加えたくない」という気持ちになってしまうんです。紙の白さや手触り、独特の匂いなど、それだけで満ち足りていると思ってしまって……。ですから、物質がすでに持っている豊かさに、自分が作家としてどのように関われるかを常に問い続けながら制作しています。

抵抗運動「白バラ」をモチーフとした「White Rose」

宇平剛史

―― 今回初公開された新作の「White Rose」は、第二次世界大戦中の反ナチ運動「白バラ」からインスピレーションを得て制作されたそうですね。

そうですね。「White Rose」は、私が「白バラ」の存在を知り衝撃を受けて以来、数年間模索しながら構想を続けてきた作品です。

「白バラ」は、ナチス・ドイツ時代、若き学生たちが自分たちのメッセージを自ら編集して紙面にレイアウトし、さらにそれを印刷してビラとして撒いたことで、秘密警察に捉えられ処刑されてしまったという、歴史に残る抵抗運動です。私自身、文字を書いて編集し、印刷をして、それを誰かに届けるということをふだんの仕事で行なっていますが、同じ行為をして命を失った人たちがいるということに、形容し難い衝撃を受けました。

私が「白バラ」を作品のモチーフとして扱いたいと考えたのは、彼らの記憶や歴史を、私自身が忘れないようにしたいと思ったことが始まりです。この作品を通じて「白バラ」について思い出したり、新たに知ってくださる方がいらっしゃることで、少しでも彼らの記憶をつないでいくことができるかもしれません。

宇平剛史

―― 「White Rose」は一見平面の作品に見えますが、作品との距離や見る角度によって表情が変わることが印象的でした。どのようにして、この独特な質感を生み出しているのでしょうか?

モノクロで撮影した白いバラの写真を印画紙に印刷したあと、上から油彩を施しています。主に、白の油絵具と、透明のメジューム材を使用しました。メジュームは背景の写真も適度に透過しながら積層できるので、あえて白の絵具と完全に混ざり合わないよう描いています。これによって、イメージが単なる平面ではなく、「複層的に時間と物質が絡み合う場」として立ち現れてきます。

宇平剛史

―― 構想には数年を要したとおっしゃっていましたが、「印刷」は当初から欠かせないキーワードとしてあったのでしょうか。

「印刷という出力方法と何かを組み合わせることで、新たな表現ができないか」という考えが、当初からありました。頭のなかに具体的な完成のイメージがあったわけではないのですが、油絵具ではなくアクリル絵具を試してみたり、紙片を素材として用いるのことを探ってみたりと、腑に落ちる質感になるまでは試行錯誤を繰り返しましたね。

―― ふだんのクリエイションでも、頭のなかに具体的なイメージをつくり上げて制作していくというよりは、実際に手を動かしながら完成を目指すことのほうが多いのでしょうか。

そうですね。「印画紙の上でのインクの滲み方」や「油絵具のインクとの溶け合い方」など、素材の振る舞いを都度都度発見しながら、それらを受容していくという態度が、「White Rose」を含めた私の制作の基礎にあります。

高精細のグレースケール写真で皮膚をとらえた「Skin」

宇平剛史

―― 連作「Skin」では、皮膚という誰もがもつ器官が、人の目では確認できないほどのスケールで映し出されています。この作品のアイデアは、どのように生まれたのでしょうか?

私たちのもつ皮膚は、改めて見てみると、微細なシワが刻み込まれていて、美しい幾何学模様を描いています。でも、それは私たち自身が設計しているわけではありませんし、皮膚というのは自分の意思と関係ないところで自律的に代謝していますよね。それについて私は、草木や花などの自然物ととても近い存在だと感じたんです。私たちの身体にも宇宙的な揺らぎや奥行きが内包されていると。「こんなに身近なところに、こんなに深遠なものがあったとは」と気づいたことが「Skin」シリーズの制作のきっかけです。

―― たしかに拡大して見てみると、皮膚の模様はデザインされたパターンのようにも感じられて、不思議ですね。「Skin」はどの作品でも、鑑賞する距離によって、皮膚に見えたり、山や海のように見えたりすることも興味深かったです。

初めはカラーでの制作も構想していたのですが、モノクロで撮ることによって、ミクロの世界を感じたり、宇宙から撮影した衛生写真を想起したりといったスケールの変換が生じることに気づいて、この形に落ち着きました。

宇平剛史

―― 皮溝や皮丘などまで繊細に映し出されており、まるで彫刻作品のようにも感じられました。皮膚という細かいパーツを微細に映し出すために、どのような方法を選択されましたか?

高解像度で画面全体にピントがしっかりと合っている状態で撮影し、その解像度を保てる印刷方法を採用しています。使用する紙の支持体や印刷方法もいろいろと試してみたのですが、最終的には、マットな印画紙にインクジェットプリントを施しています。少し湿度を含んだ、やわらかい人肌の質感を表現するには、この方法がもっとも適していたんです。

宇平剛史

―― 「Skin」をはじめ、宇平さんの作品には、人々が見落としがちなほど身近な題材が扱われることが多いように感じます。宇平さんはふだん、どのようなシーンでインスピレーションを得ているのでしょうか。

私はふだんから、私たちが生きている空間がこの場に存在していること、そしてそこに空気があり、呼吸ができるという何気ないことが、奇跡的でこの上なく美しいと感じていまして。私たちが今こうして存在していること自体に、とても感動してしまうというか……。そうした感覚が制作の起点にあるので、身近すぎて改めて目を向けるようなことがない存在にこそ、意識が向きやすいのかもしれません。

展示空間でなにかを知覚すること自体に価値がある

see you gallery

―― 「イメージの物質性」では、大小さまざまなサイズの「White Rose」が展示されていました。また、額装だけでなく、台の上に展示され、観覧者が見下ろすように配置されている作品もありましたが、これらにはどのようなねらいがありましたか?

個人的に、会場に展示された作品を観た印象が、SNSで公開されたものをモニター越しに観たときと同じではつまらないと思っていて。展示のタイトルにもあるとおり、その展示空間でしか味わえない「物質性」や「身体性」を感じられるような構成にしたいという意識がありました。

作品は基本的には壁に配置されていますが、台座の上に置かれていると、自然と上から覗き込むような観方になり、身体や視線に動きが生じます。それによって、改めて「White Rose」という作品がもつ物質的な多層性を、異なった角度から知覚できるようにしました。また、大小さまざまなサイズの作品を配置する際に生じる「空間的なリズム」も大事にしました。

宇平剛史

―― 今回展示されている「White Rose」も「Skin」も、つい触りたくなってしまうような、視覚を通じて触覚を刺激するテクスチャーが特徴の作品ですね。たしかに、Web上で鑑賞したときとはかなり印象が異なりました。

私はふだんから、洋服でも食器でもあらゆる物のテクスチャーに惹かれながら生活しています。それゆえ、私にとって作品という事物がもつテクスチャーは、制作や展示の際にとても重要な構成要素の一つになります。

宇平剛史

―― 作品のもつ「物質性」を大切にする宇平さんにとって、デジタルではないリアルな場所で作品を展示をするというのは、やはり重要なことでしょうか。

そうですね。私は人として肉体を与えられている以上、身体性を大事にしていきたい。身体中に隅々まで神経が通っていて、全身でなにかを知覚できるということを疎かにしてはならないと思うんです。ですから、実空間に足を運んで、そこでなにかを身体的に経験するということ自体に、とても価値があると思っています。

みなさんにも、この空間でしか知覚できない「物質が静かにたたえる生の気配」を体感していただきたいです。作品に近づいてみたり離れてみたり、角度をつけてみたり、身体を動かしながら、自由に鑑賞いただけたら幸いです。

Information

EXHIBITION

Images as Matter Goshi Uhira
会期:2025年4月30日(水) – 5月18日(日)
営業時間:13:00 – 20:00 (会期中無休、入場無料)
会場:see you gallery
住所:〒150-0012 東京都渋谷区広尾1-15-7 2F
主催:see you gallery
ディレクション:J.K.Wang
協力:POETIC SCAPE、松尾 翼(MA)
SNS:https://www.instagram.com/seeyougallery/
お問い合わせ先:contact@seeyougallery.com
メール対応時間 10:00–19:00(弊社休日を除く)

by Goshi Uhira

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