2025年9月20日(土)から10月5日(日)まで、写真家・笑子さんによる個展「sumu」が、東京・恵比寿の「see you gallery」にて開催中です。
会場に展示されているのは、短い夏を迎えたばかりのフィンランドで撮影されたフィルム写真たち。幼少期から何度も訪れたことがあるという笑子さんならではの視点で切り取られるフィンランドは、穏やかな美しさに満ちています。
今回は笑子さんに、「sumu」の製作背景や写真へのこだわり、ものづくりにかける想いなどについて、詳しくお話を伺いました。
「好きなものすべてに携われる」と気づき、写真の道へ

―― 写真学科を卒業し、まもなくフォトグラファーとして活動を開始された笑子さん。フォトグラファーという職業は、かねてから志していたものだったのでしょうか?
子どもの頃から写真自体に興味はありました。もともと母が写真好きな人で、愛用していたCONTAXのT2などで家族を撮影してくれていたこともあり、家のなかに写真がたくさんあったんです。小学生になると自分もデジカメを買ってもらい撮影するようになりましたし、中学・高校では写真部に所属していたので、わりと人生のなかでずっと写真は撮り続けてきたと思います。
とはいえ、ずっと写真が興味の中心にあったわけではなくて、音楽も、ファッションも、旅行も、美術も、好きなことはたくさんあったんです。成長していくにつれ「写真だったら、自分の好きなジャンルのすべてに携われるのでは」と気づきはじめて、改めてフォトグラファーを目指すようになりました。
―― 学生時代からすでにフォトグラファーとしてクライアントワークを請けられていたそうですね。どのようなルートで依頼をもらうことが多かったですか?
大学に入る少し前からInstagramで写真を公開していたのですが、少しずつ友人や知人が増えていって、ありがたいことに、アパレルブランドの撮影やポートレートの撮影などの依頼をいただけるようになったんです。そのまま、卒業後はフリーランスになりました。

―― 若くしてフォトグラファーとしてのキャリアを着実に積み上げられてきたイメージがありますが、大変な時期などはありましたか。
私が大学4年生のとき、新型コロナウイルスが流行しはじめて。社会人となったときもコロナ禍まっただ中で、決まっていた撮影が流れたり、撮影済みの案件が発表される機会をなくしたり……ということが多かったので、落ち込んだりネガティブになることはありましたね。ただ、あの時期は世の中自体が大変な状況で、どんな職業の人もみんな不安を抱えていたと思うので、自分の活動自体への焦りや不安とは違ったかもしれません。
というか、もともと私はネガティブに考えがちな人間なので、いつも「どうしよう」「大丈夫かな」と思いながら活動し続けてきたかもしれません(笑)。今でもドキドキしながらお仕事をさせてもらっていますが、世の中も元に戻ってきたことですし、「自分もがんばろう」「今後も続けさせてもらえるようにいい仕事をしよう」という気持ちをもって活動しています。
自ら手焼きしたフィルム写真へのこだわり

―― 近年ではほとんどの撮影にフィルムカメラを使用しているそうですが、フィルム撮影を好まれる理由について教えてください。
お仕事の際は、ご依頼によってデジタルに切り替えることもあるのですが、自分の体感として、フィルム撮影のほうが合っているんですよね。というのも私、つい考えすぎてしまうタイプで……。デジタルだと撮った写真がその場ですぐに確認できてしまうので、画面と向き合いながら「もっとこうしたほうがいいかな」と考えすぎてしまう。でも、フィルムは現像するまで確認することができないし、撮ってしまったら「後から考えてもしょうがない」と思えるので、より「撮ること」に集中できるんです。
―― 今回展示されているお写真も、すべてフィルムで撮影されたものでしょうか?
はい、そうです。今回はフィンランドへ発つ前に、自分のなかで「フィンランドの写真をフィルムで撮って、展示をする」と決めていたので、フィルムカメラとたくさんのフィルムを荷物につめて行きました。
―― 額装されている写真は、笑子さん自ら手焼きプリントされたものだとか。普段から、フィルム写真はご自身で手焼きされているのでしょうか?
学生時代はゼミで暗室を借りられたのですが、卒業後はなかなか場所も機会もなかったので、ほとんど自分ではしていませんでした。私が4年生のときに所属していたゼミの講師が写真家の三好耕三さんだったのですが、三好先生がかつての生徒たちのために、今年からアトリエの暗室の貸し出しをはじめてくださって、今回の手焼きはそちらで行いました。先生はモノクロ写真専門の方なので、ご自身ではカラープリントはしないのに、生徒たちのために環境を整えてくださって……ほんとうにありがたかったです。

―― 素晴らしいサポートですね。手焼きプリントにはかなり時間と労力がかかると思いますが、久しぶりに挑戦されてみていかがでしたか。
手際のいい慣れている方なら短時間で作業できると思うのですが、私は結構時間をかけてしまうので、16枚ほど焼くために、1泊2日の作業を2回行うことになりました。たしかに時間もかかりますし、大変な作業ではあるんですが、私は結構暗室で作業する時間が好きなんです。集中できますし、真っ暗な空間にこもると瞑想しているような感覚になって、心地がよくて。
写真の1枚1枚とじっくり向き合いながら、「この日は天気がよかったし、早い時間に撮ったから、このくらいグリーンを強めたほうがいいな」とか、「フィンランドの方の日焼けした肌を表現するなら、もう少しマゼンダ寄りかな」とか、撮ったときのことを思い出しながら作業するのもすごく好きなんです。自分の記憶にあるイメージと、写真の色がピタッと合うと楽しいですしね。なかなかほかではできない体験なので、充実していました。
―― ふだんから笑子さんの写真では、人の肌や、草や花、光など、そのものがもつ色合いが美しく表現されていますが、今回展示されている作品では、夏のフィンランドならではの鮮やかさが表現されていましたね。
ありがとうございます。私が写真を撮る上で、色というのはとても重要なものなんです。かわいいというか、きれいというか、胸がときめくような素敵な色で構成したいという想いがありますし、「いい色だな」と、レンズを向けるきっかけ自体が色であることも多いですね。
「sumu」が表現する、フィンランドとの絶妙な距離感

―― フィンランドにはこれまで何度も訪れたことがあるという笑子さんですが、初めて訪れたのは何歳の頃でしたか?
たしか7歳の頃だったと思います。両親が北欧をとても気に入っていて、コロナ禍になるまでは毎年1〜2度は家族で訪れていました。
―― すごいですね。もはや勝手知ったる場所なのではないですか?
それが、毎回旅行者として訪れているので、そういうわけでもないんですよ(笑)。フィンランドに留学していた方や、実際に暮らしていた方の感覚とはまた違うんです。かといって、初めて訪れた国のような緊張感や高揚感もあまりなくて、リラックスしながら写真が撮れる場所。私にとってそういうところはほかにないので、ちょっと不思議な、特別な国かもしれません。
―― たしかに、どの写真もどこかフラットな視点で撮られているように感じられますね。旅行者ほどの高揚はないけれど、暮らしている人ほどウェットでもない印象です。
今回の展示のタイトルである「sumu」は、フィンランド語で「霧」という意味の言葉なのですが、フィンランドで過ごした記憶がふわっと霧のように浮かんでは消えるイメージに関連しています。「昔こういう通りに行ったなあ」「こんな服の人がいたな」と思い出すときのように、ちょっと輪郭がぼんやりしているようなイメージ。実際、今回私が撮影した写真のなかに写り込んでいる人たちも、旅行者なのか住人なのか、ほんとうのところはわかりませんし、そういう曖昧さや、私とこの場所の距離感などが、まるで霧のようだと思ったんです。

―― なるほど。ちなみに、今回はどのくらい滞在されていたのでしょうか?
2週間ほど滞在して、ヘルシンキを拠点に、小さな観光都市のポルボーや、「イッタラヴィレッジ」のあるハメーンリンナなどを訪ねました。いつもはフィンランドとべつの北欧の国をセットにして旅行を計画することが多かったので、こんなに長くフィンランドのみに滞在したのは初めてでしたね。時間にも結構ゆとりがありましたし、「写真を撮るぞ」という気持ちで訪れていたので、ゆったりと撮影に臨むことができました。
展示はいつもとちがう場所を訪れ、新たな体験にふれるきっかけになる
―― 今回の個展では、額装・アクリルパネル・アクリルキューブと、写真によって異なる展示方法を選択されていましたね。展示の構成は、笑子さんご自身がお一人でされたのでしょうか?
ほとんどひとりで行いました。メインの空間は、額装とアクリルパネルで構成していますが、手焼きプリントした写真をよく観ていただきたいので、額装をアイレベルに合わせて、アクリルパネルはあえて少しずらして配置することで、動きを加えています。今回の展示作品はストーリー性のあるものではないですし、全体的に軽やかな写真なので、ある程度構成にリズムをつくって見応えをもたせたいと思ったんです。
アクリルキューブは、アクリルプリントを依頼した印刷所のプリントディレクターの方に今回の展示の相談をした際、いくつか挙げてくださったアイデアの中にあったものです。アクリルキューブは写真に光が射し込んでまたちがう印象を生んでくれますし、モノ自体がかわいいので、展示が終わったあとにも家に飾っておきたくなるなと思い、採用しました。
アクリルキューブをのせているシェルフは、以前「透明な庭 in purified silence」という展示を一緒につくった建築家の友人が、キューブが一番可愛く飾れる形を検証しながらつくってくれたものです。あえてうしろにゆとりをもたせることで、キューブに射し込んだ光が美しく映えるように計算されていて、とても気に入っています。

―― 笑子さんは写真以外にも興味のあることがたくさんあるとおっしゃっていましたが、展示の空間づくりなど、ものづくり自体がとてもお好きなんですね。
そうなんです。もちろん写真自体も好きですが、展示方法を模索するのも、学生時代からとても好きでした。「透明な庭 in purified silence」でも、ビニールにプリントした写真を木の枠にはめて、吊り下げて展示するというちょっと立体的な方法に挑戦して、すごく楽しかったですね。

―― 今回個展を開催されたのも、ご自身のこだわりの形で作品を発表できるからでしょうか。
そうですね。2022年にグループ展「私が撮りたかった女優展 Vol.4」に参加してから、個展もずっと開催したいと思っていたのですが、バタバタとしていてなかなか実現できておらず「今年こそはやりたい」と考えていました。三好先生にまた手焼きプリントの機会をいただけて、ちょうどフィンランドに行く予定も立ったので、「今だ!」と思い開催に踏み切りました。やはり、手焼きしたフィルム写真は、ディスプレイ越しよりも本物をその目で観ていただきたいという想いがあったので、実空間で展示することに意味があると思ったんです。

―― 笑子さんにとって、展示はとても重要なものなんですね。
そもそも私、展示というものが大好きで。気になる展示があれば、それが遠方であろうと、なるべく足を運ぶようにしています。ただ素敵な作品が観られるというだけではなくて、展示は「お出かけのきっかけ」にもなりますし、いつもと違う場所を訪れて新たな体験にふれるというのが、自分にとってリフレッシュできる機会になっているんですよね。
私の展示も、誰かにとってそういう機会になってくれたらいいなと思いますし、ご友人を誘って、ギャラリーの周辺ですてきなお店を見つけたりして、展示をきっかけとした素敵な1日を過ごして欲しいなと思っています。
Information
EXHIBITION
sumu
会期:2025年9月20日(土) – 10月5日(日)
営業時間:13:00 – 20:00 (会期中無休、入場無料)
会場:see you gallery
住所:〒150-0012 東京都渋谷区広尾1-15-7 2F
主催:see you gallery
ディレクション:J.K.Wang
SNS:instagram.com/seeyougallery/
お問い合わせ先:contact@seeyougallery.com
メール対応時間 10:00 – 19:00(弊社休日を除く)