国内屈指のレンズメーカーであるタムロンが発表したModel F045(SP 35mm F/1.4 Di USD)。今この時代にModel F045と呼ばれるこのレンズがデビューする意味を考えながら、その背景に只ならぬ思いを感じまして、久しぶりにレビューを担当させていただきます。思い返せば半年以上、撮影といえば仕事ばかりで、こうして一つのレンズと向き合ってじっくりと撮ることは久しぶり。
最近どちらかというとこういうレビューは避けていたのですが、今回やらせていただいた理由は一つ、シンプルに好奇心です。
このミラーレス時代に、あえてデジタル一眼レフ専用のレンズで、しかも競合ひしめく35mm F/1.4単焦点というフィールドで、さらに究極の高画質と謳えるだけのレンズをタムロンが出す。
一体どうしたタムロン、その道をいくのか。と、ちょっとワクワクする展開に生半可ではない矜持を感じまして、これはもはやタムロンによる未来へのステートメントではないかと、さまざまな思いを感じて一フォトグラファーとしてちょっと使ってみたくなってしまったのです。
このレンズにおけるストーリーテラーになりたいという思いをもって、今回のレビューにしたいと思います。是非。(万里の長城バリに長いです)
究極の高画質を求めて
SPシリーズとは
そもそもTAMRON SPシリーズというのをご存知ですか?同社レンズの中でも高い光学性能を持つレンズや、高性能で且つ特徴のあるレンズのみ冠することを許された名称で、はじめの発売は1979年。
私はまだ生まれてすらいない時代です。そして、今年2019年はSPシリーズ誕生から40周年ということになるんですね。
最高の一枚を撮るためのレンズを、写真を愛する人へ届けること
SPシリーズのコンセプトはシンプル。「最高の一枚を撮るためのレンズを、写真を愛する人へ届けること」、最高の一枚というのはSPシリーズを満たす要件からも明らかですが、写真を愛する人へ届けることというメッセージが実にタムロンらしいように感じます。
何がタムロンらしいのか。
タムロンが、これまで発表してきたレンズのラインナップや過去の開発者インタビューなどを拝見しながら感じられる一貫した製品開発に対する姿勢が、写真を撮るということの本質的な意味を常に見失っていないということです。
どういうことかというと、大切な瞬間を最高の一枚にできるようにという献身的な配慮が感じられるんですね。ただの配慮ではなく、献身的なんです。「レンズは重くなりすぎないようにしよう。」「いつでも持ち歩けるように、大きくなりすぎないレンズにしよう。」「大切な瞬間を最高の一枚にできるようにステキなズームレンズを作ろう」「みんなが買えるようにできるだけコストを抑えよう」
それはとにかく一貫して、写真を撮るという行為に重点をおいているように思えます。そもそも持ち出して撮ることがなければ写真は残らないということを考えているのだと思います。とにかく数値上ハイスペックにしてモノをつくろうという視点とは少し違うんですよね。撮る人たちへ向けたやさしい眼差しを感じるのです。
だからこそ、これまでのタムロンは単焦点F1.8シリーズや、多くの素晴らしいズームレンズを発表してきた。すべては最高の一枚を撮るためのレンズを、写真を愛する人へ届けるため。コンセプトを考えると、全てつじつまが合う。
パラダイムシフトの決定打
誤解を恐れずにいえば、多くの写真愛好家が抱くタムロンのイメージは、これまでの単焦点レンズやズームレンズを中心とした過去のラインナップなどから、画質よりも利便性やコストパフォーマンスといったキーワードが頭に浮かぶのではないでしょうか。少なくとも自分はそう思っていました。
タムロンという日本の誇るレンズメーカーが抱える光学技術者は、職人中の職人。技術者からすればおそらく、コストも何も考えずF1.4のレンズや、とにかく画質にこだわった重く高性能なレンズといったものを発表したいのが性ではないでしょうか。
しかしタムロンにおいて、40年間それはあり得なかった。技術者のエゴは微塵もなく、コンセプトに徹している。写真を愛する人にとにかく撮ってもらいたいという思いに、献身を感じさせるじゃないですか。
そんなタムロンがついに、究極の画質とコンセプトを両立させた一本を発表しました。
いまがパラダイムシフトです。我々は、タムロンに対しての認識を改める時が来ました。
SP 35mm F/1.4 Di USD – Model F045
SP 35mm F/1.4
前置きが長くなりました。妄想癖がひどくてすみません。タムロンが本気を出すのに選んだのは、35mm。標準域のキングは50mmですが、あらゆるジャンルでもっとも汎用性が高いのは35mmでしょう。少なくとも自分はそう考えています。
ただし、35mmで撮るというのは同時に難しさもあると考えています。これは、50mmを使用したときにある種のズルさを感じるほどに難しい。もちろんタムロンのことですから、とにかく写真を撮ってもらうために許容できるサイズであるとか、最高画質を求めつつも重すぎないようにしようとか、そういう様々な難題を誰よりも厳しく判断しているのだと思います。その上で、この最高画質と謳う性能を実現可能な焦点距離が35mmであったのかもしれません。
それらを踏まえて、自分の感想は、この究極を35mmで実現してくれてありがとう。です。
デジタル一眼レフ機の未来
このタムロン SP 35mm F/1.4の面白い点は、このミラーレス全盛の中であえてのデジタル一眼レフ機のために作られているという点です。ここに、ある種のタムロンにおける覚悟を感じざるを得ません。まさに、この点が今回自分がこのレビューをやらせていただきたいと思ったポイントでもあります。
何を隠そう黒田自身が、ミラーレス機の使用をメインにしていますし、タムロン初のソニーEマウントレンズの試用といったおつきあいもある中で、いまここでデジタル一眼レフ機にむけたレンズで、最高品質を目指したと聞いては、「これは何かある」と感じた理由もわかっていただけるでしょうか。
最上級の描写を目指して
「最上級の描写力を目指して作った」と、タムロン自ら語るようにさまざまな側面で、一本持っておきたい現代最高峰のレンズである点を探ってみた結果、3つのポイントに落ち着きました。
ポイント.1 F1.4の世界
改めて言われてみると驚いたポイントというのが、F1.4の明るさをもったレンズは同社初という事実です。タムロンの技術力を考えると、おそらくF1.4という数字自体を実現することは決して難しいことではなかったのだろうということが、このレンズを使用してみると感じます。
F1.4という明るさのレンズは初発売と言いながら、この強豪ひしめく領域に入門したての新入りのような雰囲気は一切はありません。開放F1.4から常用可能な画質で、実際ほとんど開放で撮影してしまっていました。
ポイント.2 点が点に写るということ
このレンズで特にポイントとされているのが、点が点として写るということ。当たり前のように聞こえますが何千万画素といった高画素が当たり前となった現代において、ピクセル単位でデータを解剖した時に点のつながりが我々が目にする写真となっているわけですから、ここに強みを持っていることこそレンズとしての底力に比例しています。
ポイント.3 高画素機
これは明言されているわけではありませんが、近年の高画素化をタムロンが意識して開発されたのではないでしょうか。現代最高峰を目指すだけではなく、未来までを見据えた設計であることは想像できます。MTFを最後に記載させていただきますが、このレンジ帯におけるレンズと比べても一線を画す性能が定量化されています。タムロンがここまで画質について明言するにはそれなりの自信と核心があるのでしょう。今回は、Nikon D850というカメラを使用していますが、4575万画素です。フルサイズもここまできたかというスペックですが、等倍でみても解像感を保っているというのは驚かされます。
インプレッション
スナップ / テーブルフォト / 風景 / ポートレート
今回、自分がレビューをする以上それはポートレートの作例ということになるのですが、35mmレンズのスコープとしては数ある焦点距離の中でも最も汎用性の高いレンジですよね。思わずスナップも撮ってしまうような魅力があります。
究極の解像感
使用してみた結果、際立っていたのは解像感。これまでタムロンのレンズから感じられたのはカミソリのようなシャープネス!といった解像度至上主義というよりもどちらかというとニュートラルな階調への理解でした。しかし今回については真っ先に解像感の印象が入ってきます。
こちらが等倍の拡大画像。シャープネスをかけているわけでもないのに関わらず触れられそうな立体感がありませんか。また、肌の湿度まで伝わってきそうな気配です。
思い通りの色を導き出す階調性
before/after
このように大きく色味を変更したいときにも思い通りの色が決まります。
と言っても、普段こういう色味にするわけではないのですが、ちょっと海外でよくみるカラーコレクションに近づけられるかなと思って試してみたところ、個人的に再現度の高いカラーにできました。
これこそはタムロンならではの階調性であると考えています。ニュートラルに豊富な光を含んでいるので、自分好みにするのも自由自在。ピントが合っていない面も含めて階調がなだらかで色調豊かなので、最終的に色味を好みに調整していく中でも、狙った色にハマる印象があります。ここが個人的にはポイントが高いところ。コントラストがやさしいんですね。
あるがままの光をセンサーへ届ける
実は今回の撮影、台風の影響で雨予報の中で決行されたんですね。雨だった場合のBプランも検討していたのですが、奇跡的に曇り予報に変わったので撮影に行ったところ、晴れ間がのぞいたり曇ったりという不思議な天気でした。
つまり光が目まぐるしく変わる中での撮影ではありましたが、そういった状況下でレンズの癖に翻弄されることもなく素直にシチュエーションを写してくれる描写でもありました。
開放から際立つコントラスト
タムロンのF1.4は未体験領域で、その描写が実用に耐えるものかという一抹の不安もありましたが、それはカメラの液晶で見ても撮影後にパソコンで見ても全くの杞憂であったことがわかりました。
独特の周辺減光はありますが、解像度も保ちながら実に雰囲気のある描写をしてくれます。また、晴れているときに解像度たかくパッキリと描写されるのはコントラストの効果もあり比較的当然なのですが、曇りの中F1.4開放で撮影された写真ですらコントラストが際立っている点は嬉しいポイントです。
AF性能
今回モデルの雪見みと(@_mito_portrait)さんにお願いしたのは、この一年でここまで表立つようになった彼女こそ日本のポートレート文化の象徴的存在だなあと考えていて、撮らせてもらうにあたってまだ見たことのない彼女に出会えるだろうかという好奇心もありました。それにあたってF1.4を両立させるとなると、もちろんAF性能は必須要件。
この一瞬をもらいたいと思ったときに正しく反応してくれるかどうか、逃さないかどうか、というのは気になっているポイントの一つでした。
結果的に、開放F1.4を成り立たせるのに充分なAF性能で満足しています。
ポートレートと35mmの相性
一日の撮影を通して、それぞれのポートレートの画角における優位性などを振り返ってみたいと思います。実は35mmをポートレートで使用するのは久しぶりだったので、戸惑いながらも楽しく復習的な意味合いも含めて撮影に臨むことができました。
バストアップ / ポートレート
35mmのような単焦点レンズでバストアップを狙う場合、被写体との距離は必然的に決まってきます。そうなると背景との距離でボケ感を調整する必要があるわけですが、35mmは特にこの距離感がポイントの一つ。
今回は、開放F1.4で撮影。背景に添えた緑が、ボケつつも瑞々しい印象を保てるような距離で撮影。開放だけども被写体はクリアでシャープ。
クローズアップ / ポートレート
35mmのクローズアップは少しむずかしい。少しパースを間違えるだけでゆがみが大きくでてしまうので、構図には少し神経を使う必要がある印象ではあるものの、ハマったときの力強さは大きいと感じています。
このカットは一段絞ってF2にしているものの、手前から奥までスムーズなボケ感があって帽子のピント面からボケまでの流れにも違和感がないのが嬉しいですね。
フルボディ / ポートレート
全身を入れたカットで中距離にモデルを配置したイメージ。絞ってクリアにしても、開放で中距離に位置してもボケと解像感の両方で表現が可能な点が心強い。死角なしとはこのことか。
また、このように開放F1.4を活用して前ボケと後ボケを両立させたときには、一見すると中望遠のような一枚を工夫次第で作ることもできるのが35mmのおもしろいところです。
SP 35mm F/1.4 Di USDを支える機能群
TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USDには、いくつかユニークな機能が搭載されています。詳細は公式ページをご覧頂いたほうが良いかと思いますが、いくつか気になった特長をピックアップさせてもらおうかと思います。
BBAR-G2
最大の特徴とも言えるコーティング技術。最高画質を実現させるために今回用意された、BBAR-G2。圧倒的なヌケの良いクリアな画質に一役買っているのは当然のこと、ゴーストやフレアの発生も限界まで抑えています。タフな光源下でも使える点がポイント高いですね。
フルタイムマニュアル機構搭載
いつでもマニュアル操作が可能な仕様。AF設定時であっても手動によるピント調整が可能なのは嬉しいところ。とくにライブビューでの拡大表示などとの相性は抜群ですね。
防汚コート
これは最近のタムロンレンズではお馴染みの防汚コート。今回は海辺での撮影や梅雨時の風や湿気の中での撮影だったものの、終始レンズはクリアな状態を保っていました。
データで振り返るModel F045
製品仕様
モデル名 | F045 |
---|---|
焦点距離 | 35mm |
明るさ | F/1.4 |
画角(対角画角) | 63゜26′ <35mm判フルサイズデジタル一眼レフカメラ使用時> |
レンズ構成 | 10群14枚 |
最短撮影距離 | 0.3m |
最大撮影倍率 | 1:5 |
フィルター径 | Φ72mm |
最大径 | Φ80.9mm |
長さ* | 104.8mm (キヤノン用) 102.3mm (ニコン用) |
質量 | 815g (キヤノン用) 805g (ニコン用) |
絞り羽根 | 9枚 (円形絞り)** |
最小絞り | F/16 |
標準付属品 | 花型フード、レンズキャップ、レンズポーチ |
対応マウント | キヤノンEFマウント用 / ニコンFマウント用 |
MTF
公式サイトより引用 : https://www.tamron.jp/product/lenses/f045.html
こうしてスペックやMTFを眺めてみると、いくつかの点に驚かされます。一つは最短撮影距離。
特にスペックも調べずに、タムロン渾身のレンズが発売というキーワードから試用したこちらのレンズですが、いざ撮影してみると感覚値よりも寄ることができるなあと思いました。
もう一つは、重量。サイズがコンパクトなのであまり意識していませんでしたが、それなりに重さはあります。
自分自身は日頃はミラーレスに慣れ親しんだわがままボディでしたが、むしろホールディング感もあってか撮影しやすさが際立った印象。
驚くべきはMTFで、10本/mmのコントラスト値にいたってはほとんど天井に近い数値です。
この数値は、自分がレンズを判断するのに重視している階調性であったり低周波域のコントラストを正しく捉えられているという裏付けになるのだと思います。
さらに30本/mmの数値については、こちらも中心部分は0.9近くの数値からはじまり四隅になっても0.5を切ることはありません。
このMTFがいかに驚異的なのかは、その他レンズのMTFを一度見てみると良いように思います。この図でいうところの点線(サジタル)と実線(メリジオナル)が離れていないことは、つまり画面周辺でも解像が落ちていないということを示しています。
ただしMTFの指標は各社固有だったりするので正確な比較にはなりませんのでご注意ください。
まとめ
写真を愛する人へ
このレンズを使っていて思うのは、ほんとうに写真が好きな人のために作られたレンズなのだろうなあと感じられるところ。これだけの高性能なのに、派手にしようとする変な主張がないのです。
そして、解像感や階調性、明るさなどがあまりにも優れているので、フォトグラファーに左右される点も多いように感じるんですよね。フォトグラファーの裁量に任されていて、そこを信頼されているような感覚。撮影して液晶画面で確認したときに感じる透明感は感動的ですが、あくまで誇張なく忠実に光を捉えた結果ということがわかります。素材の味が生きていて、撮っていてもまるで手足のような感覚に近いです。
近年のソフトウェア主導なスマートフォンカメラやSNOWといったアプリケーションとは全く逆のアプローチに思えるのです。
例えば自分のは編集段階で写真の色味などの調整に注力することがおおいので、自分のカラーをつくるのに毎回四苦八苦することも少なくありません。そこで大抵のレンズではパターン化されたカラースキームを実現することでハマります。しかし正直このレンズはあまりにも振り幅がおおきすぎていつものパターンのようなプロセスでは、自由度が高すぎて逆にどうすべきかわからなくなるという嬉しい悩みも。腕が試されるレンズ。
自分としてはレビューといえ、どこで何を撮るか含め自由に撮影したということもあり、色調補正など行ってますがほんとうに柔軟なレンズで使いこなすには、正直時間がかかりました。
素晴らしいレンズだなあと感じるとともに、これを使いこなすのはかんたんではないだろうという難しさ。腕がなりますね。
光学に携わり続けた職人が送る一つの答え
それもこれも、このF045というレンズが、現代における35mmレンズの一つの答えであり、光学という道を歩み続けた日本の職人だからこそ成せる技だったのだろうと思います。
それがこの時代にデジタル一眼レフで35mmレンズという競合だらけの領域に投入するだけの自信があるってことなのでしょうね。
カメラのあらゆる主要メーカーは日本企業が世界のスタンダードになっていることは皆さんご存知のとおりですが、レンズにおいても同じなんですね。
ものづくりの力を見せつけてくれた希望的なレンズでした。
記事はこれで終わりますが、まだまだ使いこなせている感じがしないほどに奥深さを感じるので、もう少し撮ってみようと思います。
モデル / 雪見みと @_mito_portrait
ヘアメイク / 佐藤春菜 @har_hm
ロケーションコーディネート / Sitsu Sakamoto