なかむらしんたろう|編む人たちの美学

May. 22. 2025

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さまざまな分野のクリエイターと連携し、ひとつの作品を編みあげる。いわば裏方として作品づくりを支える「編む人」たちに、クリエイティブの美学を伺います。

今回お話を聞いたのは、Webサイトやスマートフォンアプリをはじめとしたデジタルコンテンツの企画・制作を行うディレクター集団「株式会社スキーマ」で、Webディレクターとして活躍するなかむらしんたろうさん。

Webディレクターは、クライアントとクリエイターとをつなぐ、いわば「ハブ」的存在。いずれの立場の人からも厚い信頼を寄せられるなかむらさんは、どのようにクリエイティブを支えているのでしょうか。その類い稀な発想力や行動力の理由と合わせて、詳しくお話を伺いました。

Shintaro Nakamura

Director / Photographer / Planner

1989年生まれ、愛知県出身。デザイン会社「SCHEMA,inc.」で営業・企画・Webディレクターを務める傍ら、数々のWebメディアで撮影を担当。2019年にはおよそ50名のクリエイター陣によるグループ展「なかむらしんたろうを拡張する展示」を主催するなど、個人主導の活動でも注目を集めている。

大手企業の人事から、長い髪と豊かなヒゲがトレードマークのWebディレクターへ

―― 新卒で地元・愛知の大手企業の人事部に就職され、数年間キャリアを積まれたあと、まったく異なる業種であるWebディレクターに転身したなかむらさん。思い切ったジョブチェンジを決意するきっかけなどはあったのでしょうか?

新卒で入った頃から、その企業でずっと働き続けるつもりはなかったんです。人事の仕事は自分で希望しましたし、やりがいもありましたけどね。

もともとクリエイティブ系の仕事に興味があったので、会社勤めをしながら、コピー系の講座やライター養成講座などに通っていました。ただ、そのなかで「自分にはコピーライティングは向いていないのかも」と気づいて、当時どんどん増えていっていたWebメディアのほうに関心をもったんです。

SNS上で、誰でも参加可能なWeb業界の飲み会が開催されると見かければ、名古屋から東京まで飛んでいって参加したりして。そういった場で、WebメディアやSNSで活躍している方々と仲良くなっていきました。今僕が所属している株式会社スキーマの橋本健太郎と出会ったのもその頃です。彼との出会いがきっかけで、スキーマに転職することになりました。

なかむらしんたろう
自身で立ち上げた謎のソフビフィギュアレーベル「玩」より「NO1. A BIG BOY」

――人事時代の写真を拝見したのですが、現在のなかむらさんとはかなりイメージが異なり、驚きました。ディレクターになられてからは、長い髪と豊かなヒゲが、なかむらさんのトレードマークとなっていますよね。

人事部時代は髪もヒゲもきれいにしていなければいけなかったから、転職してから「もうヒゲを剃らなくてもいいのか!」と気づいて、そのままにしていただけなんです。ただ、僕の上司が「なにごとにも意味を持たせるべきだ」というのをモットーにしている人で、僕のビジュアルにも付加価値をつけるべきだと助言してくれたことがありました。

転職してからそのまま生やしていたヒゲを、なんの気なしに剃ってから出勤した日「なんで理由もなく剃っちゃったの?」と指摘されて。「たとえば、もし大事なプレゼンの日にヒゲを剃るなら、それが決意表明になるかもしれないし、『ただヒゲを剃る』以上の意味が生まれる。いつでもどんなことにでも、付加価値をもたせる意識を持ったほうがいい」と言われました。たしかにそうだなと思いましたし、これは今でも僕の考え方に影響を与えてくれています。

この見た目だと、初対面の人にもすぐに顔と名前を覚えてもらえますし、キャラクター性を感じてもらえるのか、どことなく親しみを持ってもらえます。この仕事においてはそれがかなり役立っているので、まさに上司の助言通りになっています。

誰かが不幸になるような仕事はしたくない

――なかむらさんはクリエイターのお知り合いが多いだけでなく、皆さんからとても信頼されているようにも感じます。ディレクターとして、どのようにしてクリエイターからの信頼を獲得しているのでしょうか。

自分から言えることがあるとすれば、僕は「一緒に仕事をする人たちが不利益を被らないようにしよう」と気をつけているので、そのあたりは信頼してもらえているのかも。僕が提案する企画って変なものが多いけれど、誰かが嫌な気持ちになるようなものには絶対にしないと決めていますし、何かトラブルがあってもクリエイターを守れる位置にいようと思っているので、一緒に仕事をする上では安心してもらえているのではと思います。

――たしかに、なかむらさんの企画は斬新なものが多いですが、しっかりリスクヘッジもしながらつくられているんですね。

こんな見た目ですけど、実はわりと堅実な人間なんですよ。たとえばクライアントからお声がけいただいたときにも、その案件が自分の力量では対応できないものだと感じたら、もっと適した方にパスすることもありますし、自分のなかでビジョンが見えなかったり、理屈が通っていなかったりするものなら、お断りすることもあります。自分を含め、誰かが不幸になるのはイヤだなあと思うので。

最近の仕事でいうと、セルフプレジャーアイテム「TENGA」のアパレルプロジェクト「TXA」などは、僕もすごく共感して「やりたい!」と思った案件です。TENGAの名前や性的な話題がタブーにならない未来を目指す第一歩としてスタートした企画なのですが、「性愛の可能性を拡げる」というコンセプトが素晴らしいなと思って。担当者の方に直接アプローチさせていただいて、なんやかんやあって、このプロジェクトの広報お手伝い的な立ち位置にいます。キャスティングやインタビュー、撮影などを僕ができることを駆使してライフワーク的に楽しませていただいています。

――こちらの案件は個人で対応されているということでしょうか?

「TXA」に関してはそうです。ほかにも、自分ひとりで対応できそうなものは個人で受けていますが、それも会社の営業活動の一環と思っています。その仕事を見てくれた人がまた新たなご依頼をくださったりして、それが結果として会社に貢献できたりしますから。

イラストレーターへの感謝を込めたグループ展「なかむらしんたろうを拡張する展示」

なかむらしんたろう

――2019年には「ストリートバーLOBBY」や「青山ブックセンター」などで「なかむらしんたろうを拡張する展示」を開催され、数多くのクリエイター陣がなかむらさんご自身を共通のテーマとして作品をつくっていましたね。インパクトのあるなかむらさんのビジュアルが、クリエイターの方々を惹きつけたのでしょうか。

あの展示、主催は僕なんです。きっかけは、仲のいいイラストレーターたちが、よく僕の似顔絵を描いてくれていたこと。自分自身が30歳を迎える年に「イラストレーターのみんなに、何か還元できないか」と考えて、僕のまわりにいる人たちでグループ展をすることを思いついたんです。

イラストレーターたちが愛してやまない牛木匡憲さんも参加してくださることになり、牛木さんと同じグループ展に参加するということ自体がかけがえのない経験になるはずと思い、仲のいい新鋭のイラストレーターたちにも声をかけました。その時期にたまたま仕事でやりとりのあった富士フイルムさんが協賛してくださって、気が付けばどんどん大きな展示になっていきましたね。参加クリエイターも最初は30人くらいだったのに、最終的には50人を超えていました(笑)

――ご自身が展示の主体だったとは驚きです。しかも、イラストレーターの方々に何かを還元したいというお気持ちからだったのですね。

自分がモチーフではあったんですけど、僕にとっては「イラストレーター感謝祭」といった感じの展示でしたね。イラストレーターの皆さまに労力分の恩恵があったかはわからないですが、できるだけお祭りになるように頑張りました(笑)。直接的な利益の生まれる展示ではなかったけれど、自分のなかではかなり意味のある企画でした。

こんな見た目してますけど、僕、あまり自我がないというか……(笑)。自分自身を見てほしいというより、自分を通してまわりの人たちを見てほしいという気持ちが強いんです。たとえばインスタなどのSNSの投稿にも、「僕の撮った写真」ではなく「写真のなかの被写体」に興味をもってほしいと思っています。

Webディレクターにコミュニケーションは不可欠

なかむらしんたろう

――なかむらさんご自身も、クリエイターの方々に仕事を依頼することが多いかと思いますが、「一緒に仕事をしたい」と思うのは、どんな方ですか?

僕は常々「いい人としか仕事をしたくない」と思っています。どんなに実力があったとしても、一緒に仕事をしていて気持ちのいい相手じゃないと、仕事をお願いしたいとは思えなくて。僕自身もそういう人間でありたいと思っているけれど、取り組んだ仕事の完成系を見て、一緒に喜べるような人がいいなと思っています。

――ディレクターというお仕事では、クライアントやデザイナー、フォトグラファー、イラストレーターなど、さまざまな人と連携することが必要となります。仕事をスムーズにするために、どのようなことを大切にされていますか?

まず、連絡はすぐに返すこと! これは上司から強く教えられたことです。返信が遅れるだけで、関わる人たちに不安を与えてしまうし、ディレクターという仕事には相手からの信頼が不可欠なので、今でもすぐに返信することは心掛けています。

――関わる人数が多くなると、チームのなかで意見が割れてしまうこともあると思いますが、どのように対応されていますか。

個人的には、そういう摩擦が起きてしまうのって、結局真ん中にいる自分の怠慢なんじゃないかと思ってしまいます。僕がまずそれぞれの話をきちんと聞いて、それからその人たちが話し合える場をちゃんと設ければ、対立してしまうようなことはなくなると思うので。そういう意味でも、こまめに連絡をとること、すぐに連絡を返すことは大切だと思っています。

――仕事上のコミュニケーションをとても大切にされているんですね。そういった対人スキルを培うのに、大手企業の人事での経験も活かされていると思われますか?

あの頃の経験が活きている部分もあると思うけれど、もともと僕がそういうところに気を遣ってしまう人間だったというのが大きいような気がします。

僕は人生のかなり早い段階で、「どうやら自分は特別な人間ではないらしい」と気づいて、自分に諦めたんです。もともと何か秀でた才能というものはないし、飽き性な上に、努力もできない。それをコンプレックスに感じていたこともあるけれど、そのおかげで、人と人とを接続するのが得意だということにも早めに気づけたんだと思います。

僕はすごくふつうの人間だし、自分のことを「つまらないなあ」と思ったりもするんですが、今ではそれも強みになっているのかもと感じています。その分人よりいろんなアンテナを張っていると思いますし、関わるクリエイターを守りたいという気持ちも人一倍強い。そういった意味で、広義ではありますがディレクターの仕事は自分に向いていると思いますね。

by Shintaro Nakamura

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