さまざまな分野のクリエイターと連携し、ひとつの作品を編みあげる。いわば裏方として作品づくりを支える「編む人」たちに、クリエイティブの美学を伺います。
今回お話を聞いたのは、2024年10月に出版レーベル「manpan press」を立ち上げ、その第一弾としてモトーラ世理奈×松岡一哲写真集「せりなが」を出版した鈴木満帆吏さん。
「月刊」シリーズのプロデューサーとして知られるイワタさんに師事し、数々の写真集のプロデュースやディレクションを手がけてきた鈴木さんは、なぜインディペンデントな出版レーベルを発足させたのでしょうか。写真集製作に携わるさまざまな人たちのクリエイティブを支える、鈴木さんの美学について伺いました。
出版プロデューサー・イワタの存在とフランス留学が、アートに心を寄せるきっかけに
―― 神保町にあるアートとロックの古書店「ARTイワタ」のアルバイトとして、大学在学中からキャリアをスタートさせた鈴木さん。イワタさんといえば「月刊」シリーズの名プロデューサーとしても知られていますが、どのような経緯で出会われたのでしょう?
実は、イワタさんとの出会いには、私の母が関わっています。まだ私が生まれる前のことですが、当時スタイリストだった母が、一時期イワタさんのアシスタントをしていたんです。その縁があって、10代のときから何度か「ARTイワタ」を母と訪ねていました。
大学生の頃、フランスに留学することが決まり、「フランスは芸術の国なのだから、アートについてもっと知りたい」と考えたとき、アートに造詣が深い方としてイワタさんのことを思い出しました。それで久しぶりに母とともに訪ねたら、イワタさんはいろんな話をしてくれたり、ライカのデジカメを格安で売ってくれたりして、私を送り出してくれました。半分壊れかけのカメラでしたけど(笑)
―― 鈴木さんが10代の頃からのお付き合いだったのですね。イワタさんの存在とフランス留学が、鈴木さんがアートに関心をもつきっかけになったのでしょうか?
そのとおりです。フランス留学中の1年間でさまざまなアートにふれたのですが、そのなかで、とくに私を惹きつけたのが「ヌード」。裸婦の絵画やヌード写真など、一糸まとわぬ状態の「ありのまま」の女性を魅力的に描いているアートに、感動を覚えたんです。イワタさんが譲ってくれたライカを留学中に使っていたこともあり、改めて「写真が好きだ」とも思いましたし、卒業後はアートや写真に関わる仕事に就きたいと考えるようになりました。そうなれば、やはり「ARTイワタ」を思い出さずにはいられなくて。
帰国後、すぐにイワタさんのところへ行って「アルバイトとして雇ってください!」と頼み込みました。イワタさんには「アルバイトなんて募集してないよ」と一度は断られてしまったのですが、たまたまそのタイミングで当時アシスタントをされていた方が辞めることになったので、イワタさんのほうから「アシスタントをしてみる?」と声をかけてもらえました。それで在学中から、店舗アルバイトとしてだけでなく、イワタさんのアシスタントとして現場にも連れて行ってもらえるようになりました。
―― 素晴らしいタイミング! そして、卒業後もイワタさんのもとで働き続けることになったんですね。
いえ、実は、就職活動も少しだけしていたんです。当時、大学の友達はみんな就活していましたし「自分もインターンを経験しておいたほうがいいのでは?」と思ったりして。
でも、インターン先の企業でアルバイトの話題になったときに、イワタさんのアシスタントをしている話をしたら「今しているその仕事こそ、あなたの本当にやりたいことなんじゃないの?」と指摘されました。たぶん、私がとても楽しそうに話してしまっていたんですよね(笑)。それから改めて心を決めて、イワタさんにも「もう就活はしません。卒業後もここで働きます」とお伝えしました。それからもう、かれこれ7年くらいお世話になっていますね。


―― 昨年10月に「manpan press」を立ち上げられていますが、イワタさんのもとから独立されたわけではないのでしょうか?
完全に独立したわけではなく、今もイワタさんのもとで一緒にお仕事をさせていただいているので、「manpan press」のみに注力しているというわけではないんです。フリーランスとしても、写真集のプロデュースや編集、プロモーションをさせていただいたりしています。
写真家と被写体が対等にものづくりできる、コアなレーベルを
―― なぜ鈴木さんは自ら出版レーベルを立ち上げたいと思われたのでしょうか。
イワタさんのもとでお仕事させていただくなかで、大手の出版社さんとの案件が多かったこともあり、作り手にさまざまな制約が課せられている状況をよく目にしました。もちろんそれ自体が悪いわけではなく、1冊の本をつくるのに多くの人が関わるため、それぞれの意見や意思を少しずつ反映させた結果でもあるのですが、「もう少し小規模で、作り手の自由度の高いものづくりができたら」と考えていたんです。
イワタさんは「月刊」シリーズのテーマとして「写真家と被写体のバランスが五分五分のものをつくる」ということをよく話しているのですが、私はそれにすごく共感していて、どちらかだけに寄りすぎるのではなく、対等に、お互いがお互いの良さを引き出せるような写真集をつくりたいと、ずっと思い続けているんです。なので、「manpan press」はよりコアにものづくりができる出版レーベルとしてスタートさせました。

―― 「manpan press」という個性的な名前も気になりました。こちらにはどのような意味が込められているのでしょう?
最初は「mihori press」という名前にしようと思っていたんですが、写真家と被写体にフォーカスしたレーベルにしようと思っているのに、ちょっと自分が前に出過ぎてしまっているかなと感じたので、自分に関連しているけれど一見そうとはわからない名前にしようと思ったんです。それで、自分の名前の漢字の読み仮名を変えた「まん(満)ぱん(帆)」にしてみました。
結果、なんだかかわいい語感になったし、「どういう意味なんだろう」「どこの国の言葉だろう」と疑問に感じてもらえるような印象的な名前になったので、なかなか気に入っています。
日本と韓国で反響を呼んだ写真集「せりなが」
―― 「manpan press」から出版された写真集の第一弾として、モトーラ世理奈×松岡一哲写真集「せりなが」が2024年1月に発売されましたが、こちらはレーベルを立ち上げられる以前から企画されていたのでしょうか?
正確にいうと、「せりなが」を製作できることになったのでレーベルも始動した、という感じですね。もともと一哲さんとは、マンガ雑誌のグラビアや、「月刊 あにお天湯」などでご一緒したことがあったのですが、その際に「本格的な出版レーベルを立ち上げて、写真集をつくりたいと考えているんです」というお話をさせてもらったんです。そうしたら、「それ、やろうよ!」と言ってくださって。私はお仕事でご一緒する以前から一哲さんの写真の大ファンだったので、本当にうれしかったです。

―― 「せりなが」の発売は、日本国内では2025年1月でしたが、韓国では2024年11月に発売され、写真展も開催されていましたよね。日本国外への展開も、もともと構想されていたのでしょうか。
そうですね。もともと「manpan press」でやりたいこととして、国外で写真集を販売したり、国外のクリエイターとタッグを組んで本をつくりたいというのがありました。国外の写真家やモデルを起用した写真集をつくるのは、大手の出版社ではなかなか難しいので、独立したレーベルのほうが動きやすいと思って。それで、第一弾の写真集でもはじめから国外展開を意識していました。
マーケットとして韓国を選択したのは、ジャストアイデアですね。縁があって毎年ソウルを訪れていたというのもありますし、韓国が現在エンタメでとても盛り上がっているというのも、理由のひとつです。また、モトーラさんが韓国の事務所に所属して、韓国での本格活動を始めていたというのが、『せりなが』においては決め手になりました。
―― 近年グローバルに活躍するモトーラさんを起用されたのも、国外展開を意識されていたからでしょうか?
それはあまり関係なく、以前から個人的に「モトーラさんと本をつくってみたい」と思っていたことが理由です。イワタさんのアシスタントとして「月刊モトーラ世理奈・夏 写真 二階堂ふみ」の製作に携わった頃から、彼女の芯の強さと唯一無二のキャラクターに魅せられ続けていました。「ダメでもともとだ」と思いながらオファーしてみたら、モトーラさんも「おもしろそう。やってみたい!」と答えてくれて、感激しました。
―― 韓国での写真展では、初日にサイン会も開催されていましたよね。レーベルとして初めてのイベントでもありましたが、感触はいかがでしたか。
正直、開催前はものすごく不安でした。展示の設営も自分たちだけで行いましたし、ホームではない場所なので「誰か来てくれるだろうか……」と心配で。でも、結局は杞憂でしたね。
韓国での写真展は「treelikeswater」という独立系の書店で行ったのですが、そちらの方が「せりなが」のグッズを一緒に製作したり、写真展の告知をたくさんしてくださいましたし、モトーラさんの韓国のマネジメント会社や、「せりなが」でご一緒したプロダクションチームの方々が宣伝してくださったこともあり、当日はお店の外まで列ができるほど、多くの人が詰めかけてくれました。また、応援してくれている自分の友人達もソウルまで来てイベントを盛り上げてくれて、本当にありがたかったです。


望むのは、一冊の本がもたらすシナジー効果
―― 現在は東京・恵比寿の「see you gallery」で「せりなが」の写真展が開催中です。展示では、プロダクションチームとともに撮影されたクリエイティブな写真と、韓国での旅を純粋に楽しんでいるような、“素”に近いモトーラさんの何枚ものスナップが、空間を分けて展示されているのが印象的でした。
今回の写真集では、ありのままのモトーラさんを引き出すとともに、ファッションシュートも収めたいと思っていて、韓国のプロダクションチームとともに作品づくりをしました。そのおかげで、彼女のなかにある相反する魅力が、より立体的に表現できたと思います。
撮影期間は3日間のみで、そのうちの1日をファッションシュートに当てました。ものすごくハードなスケジュールで、毎日「一哲さんとモトーラさんに申し訳ない!」と思っていましたが、あとからモトーラさんに「本当に大変な撮影だったよね」と話したら、「そうだったっけ?」と言ってくれて、「プロは違うな」と感動しました(笑)
―― 先ほど「写真家と被写体のバランスが五分五分のものをつくりたい」とおっしゃっていましたが、まさに「せりなが」はそれを感じさせる作品ですね。それぞれの魅力が融合し、相互作用が働いているように感じます。
うれしいです! 私はいつも、ものづくりをする上で「関わる人たちみんなに幸せになってもらいたい」と思っています。写真家や被写体、ヘアメイクやスタイリスト、デザイナー、販売してくれる書店や展示をしてくれるギャラリー。それぞれに相乗効果がもたらされることこそ、私の本望です。
Information
EXHIBITION
モトーラ世理奈 × 松岡一哲 写真展「せりなが」
会期:2025年3月8日(土) – 3月26日(水)12:00〜20:00 ※会期中無休
会場:see you gallery
住所:〒150-0012 東京都渋谷区広尾1-15-7 2F
BOOK
モトーラ世理奈 × 松岡一哲 写真集「せりなが」
撮影:松岡一哲
発売:2025年1月10日
定価:4,730円(4,300円+税)
版型:ソフトカバー / B5変形(W175 × H257 mm)/160ページ
ブックデザイン:藤田裕美
発行:manpan press
Title:Serena Motola × Ittetsu Matsuoka Photobook “Serenaga”
Photographer:Ittetsu Matsuoka
Release date:January 10, 2025
Price:4,730 yen (4,300 yen + tax)
Type of book:Softcover / B5 size (W175 x H257 mm) / 160 pages
Book design:Hiromi Fujita
Published by manpan press