東京・恵比寿の「see you gallery」での、フォトグラファー・福岡秀敏さんによる個展「HENSHIN」。
商業フォトグラファーとして第一線で活躍する福岡さんの初個展となる本展。数年来福岡さんを突き動かす存在であるという山の中で撮影された作品には、自然を通してご自身の内側と対峙する、極めてピュアな視線が投影されています。
今回は福岡さんに、「HENSHIN」の制作背景や、展示や写真集へのこだわり、そしてキャリアにおける写真との向き合い方の変化などについて、詳しくお話を伺いました。
Hidetoshi Fukuoka
Photographer
1985年生まれ。2008年武蔵野美術大学卒業後、スタジオエビス入社。その後、フォトグラファー土井文雄氏に師事。 2014年独立。同年、ブラジル各地を回り人々をスナップ撮影した写真集「REVERSO」を発表。2018年WHITNEY所属。 その後、雑誌 TRANSIT、花王「アタックゼロ」、KIRIN「晴れと水」「スプリングバレー」、THE NORTH FACE、macpac、BMSGアーティスト写真など、静止画、動画と多岐に活動している。 近年は自然と人間の関係性を題材にした作品を制作中。
パーソナルワークは世の中に何かを投げかける“ピッチング”


―― 武蔵野美術大学卒業後、スタジオエビスへの勤務を経て、土井文雄さんに師事したのち、フリーのフォトグラファーとして独立されたという福岡さん。フォトグラファーという職業は、かねてから志していたものだったのでしょうか?
いえ、もともとはデザイナーを目指していました。大学にも空間演出デザイン学科を志望して入学していて、3年生のときに写真学科へ移ったんです。
広告写真を撮りたいと思ったきっかけは、2003年の「無印良品」のポスターを見たことでした。藤井保さんが撮影されたもので、ボリビアのウユニ塩湖に人がポツンと立っている広告写真だったのですが、その写真に対する「日本の伝統には、極まった簡素さの中に最良の豊かさを見立てるという美意識がある」という解説を読んだとき、深く頷ける納得感を得たんです。広告写真をおもしろいと思った瞬間でした。それからすぐに転科し、卒業後も写真の道に進んでいきました。
―― 現在は広告業界で幅広く活躍されている福岡さんですが、独立されてからキャリアが軌道に乗るまで、苦労されたこともありましたか?
やはり、最初の1〜2年は苦労しましたね。世の中にフォトグラファーというのは星の数ほどいるわけで、そのなかで自分が選ばれるというのは簡単なことではないと感じさせられました。
独立したての2014年に『REVERSO』という写真集を出したのですが、これはブラジルを訪れ、現地の方に声をかけてひたすら撮らせてもらったスナップを収録したものでした。この写真集をきっかけに、少しずつ人を撮る仕事やスナップの仕事が増えていって、トラベルカルチャー誌の『TRANSIT』に起用されたことを契機に、本格的にキャリアがスタートしたという感じです。
―― なるほど。『REVERSO』をつくられたのも、キャリアへの影響を考えてのことだったのでしょうか?
そうですね。『REVERSO』の作品はフィルムカメラで撮影していたのですが、当時は広告写真もフィルムで撮りたいと考えていたので、自分の方向性を見せたいという意図がありました。あとは、フォトグラファーというのはさまざまな方とコミュニケーションをとる必要のある職業なので、現地の方と交流しながら撮影した写真集をつくることで、その部分を表現したいというねらいもありました。

―― 『REVERSO』以降はパーソナルワークの作品を発表されることはありませんでしたが、今回の『HENSHIN』を発表されるまでに心境の変化があったのでしょうか。
ありがたいことに仕事が軌道に乗ってからは忙しくなり、そのなかで新しいことにもたくさん挑戦していたので、なかなか作品づくりに取り組む時間がとれなかったんです。とはいえ、パーソナルワークへの想いは、頭の片隅にはずっとあったように思います。
広告の写真を撮るときと、作品としての写真を撮るときとで、頭の使い方はまるで違います。広告写真を撮るとき、そこには商品があるわけで、クライアントの要望やデザインの意図などを受けながら、撮るべきものを論理的に構築していく作業が必要になります。一方、個人の作品を撮るときはまったく逆で、自分の感情や感覚など“明確な答えのないもの”を形にしていく作業となるので、必然的に頭の使い方も変わってくるんです。
野球に例えるなら、“ピッチャー”と“キャッチャー”のような感じでしょうか。広告写真をたくさん撮っていると、いろんな情報をきれいに受け止めるキャッチングの技術は磨かれていくけれど、ほんとうの自分の価値というのは、ピッチングでしかはかれないのではと思います。「そもそも写真というのは世の中に何かを投げかけることのできるメディアなのだから、自分も投げてみたい」と改めて思ったのが、今回の展示のきっかけといえるかもしれません。
シャッターを切るのは、自然の風景だけが頭を占める瞬間

―― 「HENSHIN」のステートメントにも記載されていましたが、2022年にアウトドアブランドの撮影で北海道の雪山を登られたことをきっかけに、国内外のさまざまな山へ入られるようになったそうですね。
そうなんです。かねてから運動には自信があったのですが、そのときの撮影はなかなか厳しいもので。険しいフィールドを歩く一泊二日の工程で、荷物も重いし、ほんとうに大変でした。でもそのぶん、自分の足を使って撮っているという感動も大きくて、世界が広がった感覚を得られました。
それまでにも僕は旅写真などを撮っていたけれど、どこか客観的すぎるというか、自分の足で撮りに行っているというよりも、生活を切り取っているという感覚に近かった。それに比べ、雪山で撮影したそのときには、自分が能動的に写真を撮っていると感じることができたんです。先ほど話していた、ピッチングの感覚に近かったかもしれません。
―― 「HENSHIN」には、フィールドを壮大にとらえた風景写真もあれば、葉脈や木の肌まで接写で繊細に撮られた写真もありますが、福岡さんが山の中で「撮りたい」と思わされるのは、どんなものですか。
撮りたいものを見つけてカメラを構えているというわけではないんです。山に入っているときには“歩くこと”が主役になっているので、自分の歩みの隙間に、ただそこにあるものを撮っているという感じですね。
山を登っているときって「きょうはこの時間までに下山しないと」「この時間までにこのポイントに着かないと」と、なんとなく時間に迫られているような気分になって、とにかく歩くことに夢中になります。そうすると集中力が高まり、日常生活のなかで考えているようなことが少しずつ頭から離れていって、どんどん疲れてくると、自然の風景だけが頭を占める瞬間に出くわします。そんなときにふと歩くのをやめて、そこにあるものにレンズを向けることが多いです。

―― なるほど。ちなみに、「HENSHIN」というタイトルには、どのような由来があるのでしょうか?
日々生活をしたり仕事をするなかで、僕たちはたくさんの人から影響を受けながら、いろんなことを考えたり、物事を選択したりしていると思います。けれど山を歩いているときには頭の中の忙しさがなくなって、自分だけの世界に浸ることができる。そういった瞬間に撮影した写真には、自分の内側のすごくピュアな部分が写し出されていると思うんです。フィルムカメラで撮影しているので、構図などもとくに意識せず、ただ写真1枚分のシャッターを切っているという感じなんですが、あとから見返すと「このときにはとくに意識していなかったけれど、僕はこの景色を純粋に美しいと思って、撮ろうとしたんだな」と感じたりして。
それに気がついてから、山に入っていないときにも「自分が変わった」と感じることがありました。例えば、それまでには、なにげなく人と会話しているようなときにも「よく思われたい」というような気持ちを持っていたと思うけれど、そういう自分のイヤな部分が、少しだけ浄化されたように思えたんです。このタイトルにした理由はいろいろあるのですが、そういった自分自身の小さな変化も、由来のひとつになっています。
―― 自然と対峙することで、ご自身の内側に向き合うことができていたのですね。
そうですね。なので、今回の展示では、自分のピュアな気持ちと作品とのあいだにズレが生まれないようにしたいと思っていました。そのせいで、ステートメントを書くのにも、多くの時間がかかってしまいました。
言葉ってとくに表現が難しくて、自分が感じていることを書いているようで、実は他人から聞いた言葉を借りていたりするでしょう? そうすると、結局自分で「これは自分の言葉じゃない」と感じるようになってしまう。気持ちと言葉と写真とにズレが生まれないように、自分の中の嘘偽りないものを表現できるようにするというのは、制作中にとても気を遣ったことでした。
山の奥に入る感覚や風景が広がる感覚を味わえるのは、展示だからこそ

―― 福岡さんにとって、今回が初個展となるそうですが、初めての開催とは思えない圧巻のクオリティでした。やはり、美大で培われたご経験が活かされているのでしょうか。
ありがとうございます。美大での経験も活かされたと思いますが、キャリアのなかで学んだこともいい影響を与えてくれたのではないかと思います。制作中も、ふだんのお仕事でお世話になっている方々の顔が浮かんで、「ヘタなものにはできないな」と励まされたりしました。
―― 展示会場に「see you gallery」を選ばれたのはなぜですか?
「see you gallery」を知ったきっかけはInstagramの投稿だったのですが、とてもニュートラルな空間で“箱として完成されている”という印象を受けたので、すぐに自分から「ここで展示させてほしい」と連絡しました。ギャラリー自体の魅力も、展示を魅力的にしてくれたと思っています。
―― 展示の構成について、ご自身のなかでテーマは設けていましたか?
実は、僕はもともと、風景写真というものがあまり得意じゃなかったんです。「富士山に登りました」「エベレストに登りました」というような、“こんな場所に行った”ということがわかる風景写真って、いわゆる成果のようなものが前に出過ぎている印象があって。なので「HENSHIN」では、どんな山で撮ったのかは、あえて明記しませんでした。どんな場所で撮ったかわかってしまうと、どうしても鑑賞者のその場所に対するイメージが先行してしまうと思うし、今回は、僕が自然を前にしたときの意識や感覚を、写真を通してピュアに受け取って欲しかった。なので、それぞれの写真の浮かしの加工、サイズや配置なども、僕がシャッターを切った瞬間の感覚に近づけられるよう意識しました。
奥まった小さな空間の、地面に近い位置に岩場の写真を配置したのも、自分が実際に目にしたときの感覚を再現したいと意図したものです。展示写真はすべて手焼きプリントなのですが、生の写真の美しさを感じてほしいという想いもあり、この写真にだけはあえて表面のカバーを施していません。

―― ギャラリーのメインスペース中央に写真集が配置されているのも印象的でした。これにはどのような意図があったのでしょうか?
とにかく写真集も見てほしかったんです。会場に展示されている作品の数よりも、写真集に収録されている数のほうが多いこともあり、より“山を歩いている”感覚を味わっていただけるんじゃないかと。展示と写真集はそれぞれ違った印象を与えてくれるはずなので、展示だけ、写真集だけ、ではなくて、どちらも楽しんでほしいと思いました。
―― 写真集もこだわりを感じさせるクオリティでしたね。写真集はどのようなチームで制作されましたか?
実は今回、展示づくりも含めて、初めてご一緒する方ばかりだったんです。写真集のデザインを担当してくださった本庄浩剛さんも、今回が初めましての方でした。
もちろん「お願いしたい」と依頼させていただいたのは僕なのですが、仲のいいクリエイターや、過去に仕事でご一緒したことのある方にお願いしなかったのは、勝手知ったる仲の方が相手だと、自分に甘えが出てしまうかもしれないと思ったから。まったくつながりがない方と新たに関係を構築しながらつくることで、自分もより真剣になれるんじゃないかと思ったんです。結果として、デザイナーさんがすごく細かいところまでこだわってくださったこともあり、とてもいい仕上がりになったと思います。
―― 今後も、パーソナルワークでの作品発表や販売は、継続的に行われる予定ですか?

今回を機に、続けていきたいですね。もう少し、受け取る側でなく、投げる側を続けてみたいので、『HENSHIN』を海外に持っていって違う形で展示をするというのもやってみたいと思っています。
―― 巡回展となる可能性もあるのですね。やはり、展示を開催するというのは、福岡さんのなかで重要なことなのでしょうか。
そうですね。今はSNSでも写真作品を観ることができますが、個人的にそれは情報の摂取に近いと思っていて。たとえ同じ写真だとしても、山の奥に入っていく感覚や、風景が広がる感覚というのは、デジタルの画面越しでは味わえないと思うんです。自分の意図した形で受け取ってもらうのには、プリントの質感やサイズ感がとても重要だと思っているので、SNSや写真集だけでなく、やはり展示で見てもらいたいですね。
僕自身も、ほかの方の展示をよく観に行きますが、非日常の空間に足を運んで、作品を観て、その意味や意図を汲むために脳内のふだん使わない部分をフル回転させるのって、とても贅沢なことだと思います。いわば、心の栄養ですよね。みなさん、仕事などで日々忙しくされていると思いますが、経済とは少し距離を置いたところで、特別な時間を過ごしてほしいなと思います。
Information
EXHIBITION
HENSHIN
会期:2026年3月14日(土) – 4月6日(月)
営業時間:13:00 – 20:00 (火・水 休館日、入場無料)
会場:see you gallery
住所:〒150-0012 東京都渋谷区広尾1-15-7 2F
主催:see you gallery
SNS:instagram.com/seeyougallery/
お問い合わせ先:contact@seeyougallery.com
メール対応時間 10:00 – 19:00(弊社休日を除く)


