「クリエイターキャンバス」は、ビジネス構造を可視化するフレームワーク「ビジネスモデルキャンバス」の手法に着想を得て生まれた、月刊コマーシャル・フォトとの共同企画。クリエイターを俯瞰視点でみつめなおすことで、その人らしさを浮き彫りにする新しいインタビュー特集です。
活動 / アクティビティ – 主な仕事内容や理想のプロジェクト
専門性・特性 / スペシャリティ – 得意分野や他と異なるユニークな点
使命 / ミッション – クリエイターとして成し遂げたいこと
顧客 / クライアント – どのような人々にアウトプットを求められているか
接点 / チャネル – 仕事につながる情報発信の方法や出会いの場
自己投資 / インベストメント – 自身に投じる時間やリソース
幸福 / ハピネス – 仕事を通じて得たい幸福や目的
上記の7つの視点から、気鋭のクリエイターたちの活動や価値観を深掘りし、その独自性を浮かび上がらせることで、その人の魅力や使命を体系的に解き明かしていきます。今回は、企業広告やアーティスト写真などを手がけるフォトグラファー、そしてミュージックビデオや短編映画などの監督・映像作家としても活躍する、増田彩来さんのクリエイターキャンバスに迫ります。
増田彩来氏のクリエイターキャンバス

1.活動 / アクティビティ
彩来ちゃんと僕の出会いは、まだ彩来ちゃんが中学3年生の頃、写真の合同展に参加しているのを見たとき以来だから、もう8年くらいになるのかな。今回は「クリエイターキャンバス」というインタビュー企画で、改めて彩来ちゃんのキャリアや仕事への向き合い方について話を聞きたいと思っています。
よろしくお願いします!
写真家の中でも、彩来ちゃんはかなりデビューが早いほうだと思うんだけど、そもそも写真をはじめたきっかけは何だったの?
きっかけは中学校の体育祭です。その日、学校に一眼レフを持ってきた同級生がいて、すごくうらやましくなって、私も親に頼み込んでデジタル一眼レフを買ってもらったんです。結局、デジタル一眼レフはあまりハマらなかったんですけど、私が写真に興味を持ち出したというのを聞いた知人が、Nikonの「FM10」やFUJIFILMの「NATURA CLASSICA」をプレゼントしてくれました。
フィルムカメラというものにふれること自体初めてだったのですが、「FM10」のファインダーを覗いたとき、空や景色など、今まで何気なく見ていたものたちがものすごくきれいに見えて、本当に感動したんです。それ以来写真を撮ることに夢中になり、Twitter(現:X)を通じて写真が好きな人と友達になっていくなかで、ヒロさん(酒井)と知り合うきっかけにもなった合同展に参加することになった、という感じですね。
当時、僕も知り合いから「まだ中学生なんだけど、すごい子がいる」って紹介されたのを覚えてるよ。写真の仕事も、まだ高校生のうちから依頼を受けていたよね?
そうですね。高校在学中に自分の撮った写真をSNSで発表していたのですが、それを見てくださった方から、ありがたいことにお仕事をいただけるようになりました。何もかもが初めてのことでしたし、まわりの方々に助けられてばかりでした。
最近では、写真家だけでなく、映像作家、映画監督としても活躍しているけど、仕事の割合としては何が一番大きいのかな。
それぞれの仕事に、それほど偏りはないかもしれません。「これは写真の仕事」「これは映像の仕事」というふうに、自分の中であまり分けて考えていないのかも。お仕事のお声がけをいただいたら、それがどんな種類の仕事であれ「この仕事は、自分がやるべきか否か」を都度考えて請けています。それはスケジュールや自分のその時の状態も含め「今、愛を持って作品を作れるかどうか」という意味で、です。
写真は私の生きる理由というか、自分そのものだと思っているので、写真家をやめて映像一本でやっていくということは今後もないと思います。極端にいえば「写真を撮るか、生きるのをやめるか」というぐらいの執着をもっているけど、映像は写真の先で出会ったものだから、もう少し素直に向き合っていますね。
写真は彩来ちゃんにとって「なくてはならないもの」って感じだよね。スタートは写真だったわけだけど、映像の仕事はどういうふうに増えていったの?
高校卒業のタイミングで開催した『エクランに沈む』という展示に映像作品を出したんですが、それを観てくださった方からミュージックビデオのご依頼をいただいたのが、映像作家としてのキャリアのはじまりで、そこから少しずつ映像のお仕事もいただくようになりました。

映画監督の仕事については、以前から「やってみたい」っていう想いがあったの?
いえ、そういうわけでもないんです。映画は人並みに好きだったけれど、あまりたくさん観ているわけではなかったですし……。でも、すごく好きな小説作品がひとつあって、それを実写化してみたいという夢はありました。その大好きな作品の実写化を、自分の5年後の目標としながら、がむしゃらにやってきた感じです。
それが彩来ちゃんのすごいところだよね。やりたいと思ったらとにかく挑戦してみるところや、物怖じしないところ。
活動する上では「やらない後悔よりはやる後悔をしよう」と思っています。少し大袈裟な言い方ですけど、「出会いが人生のすべて」だと考えているし、できる限り挑戦し続けていたいです。
2. 専門性・特性 / スペシャリティ
彩来ちゃんは自分自身に対して、どんなところが同業者に比べてユニークだと思う?
写真でも映像でも、映画の現場でもいえることですが、「自分一人では何もできない」と思っているところですね。
もちろん自分の撮る写真が好きだし、そこに自信をもってもいるけれど、もともと一人でなんでもできるタイプではないですし、悩んだら誰かに相談して、自分からは見えない角度の意見に影響を受けながらものづくりをしたいと思っています。
確かに、彩来ちゃんのまわりには、協力してくれる人がたくさんいるイメージがあるな。彩来ちゃんは困ったことがあると人に「助けてください!」って言えるし、言われたほうも自然と「力になりたい」と思うんだよね。ひとりでなんでも器用にこなせるタイプじゃないということをコンプレックスにせず、素直に人に頼ることができるっていうのは、稀有な才能のひとつだと思う。
私は、写真を撮ることと生きていくことって、ちょっと似ていると思ってます。やろうと思えばひとりきりで写真を撮ることも、たったひとりで生きていくこともできるけれど、誰かと生活したり、一緒に作品をつくっていくこともできますよね。私は、人と共存していたいし、他人と向き合って作品をつくりたいと思うタイプ。先ほど「写真を撮るか、生きるのをやめるか」と言いましたが、その考えは、私の人とのかかわり方に通じているのかもしれません。

3. 使命 / ミッション
写真家として仕事をしていくなかで、成し遂げたいと思うことはある?
ずっと目標のひとつとして持っているのは、“写真”というものの可能性をより広げることです。これは自分にとってではなくて、社会に影響する形で見つけたいと思っています。
写真って、時代によって移り変わるもので、フィルムからデジタルに移行したり、かと思えばフィルムが再びブームを起こしたりしますよね。でもそのブームって、ある写真家が撮った広告の1枚がきっかけだったりするじゃないですか。1枚の写真が社会にインパクトを与えられるなんて、すごいことだと思っていて。それが、写真家としてなし得たい目標のひとつになっています。
なるほどね。じゃあ、自分自身のなかでたどり着きたい場所というか、写真家として目指しているところはある?
私にとって写真は人生そのものというくらい大切なものだから、生き続けるために写真はずっと撮り続けると思うんです。でも、人生に変化が必要なように、写真にも常に新しさを見つけていかないといけないと思っているので、一生向き合い続けて、考え続けていきたいと思っています。
ちょっとわかるな。写真を撮ることが生きる意味そのものになっているんだよね。写真というものが大好きな、彩来ちゃんらしい答えだと思う。
4.顧客 / クライアント
今、仕事をする相手はどんな属性の方が多いですか?
最近は、アートディレクターの方や、アーティストの方から直々にご依頼をいただくことが多いです。
彩来ちゃんはアーティストのMVも多く手がけているけど、アーティスト自身からコンタクトがくることもあるんだね。
そうですね。SNSだったり、展示の作品だったり、別のお仕事だったり、私を知ってくださったきっかけはさまざまだと思いますが、私の作家性や写真のもつ空気感を重視してくださる方が多くて、ありがたいです。

5.接点 / チャネル
さっきも、仕事は「自分がやるべきか否か」で請けるかどうか決めていると話していたけど、あまり戦略的に選んでいないというか、セルフブランディングを考えながら請けているわけではないのかな?
戦略的ではないですね。いろんな出会いがほしいし、いろんな挑戦をしたいと思っているので、素直に「やりたい」と感じたり、その先に何かがあると感じた仕事は、多少忙しくても請けてしまいます。
クライアントが彩来ちゃんを知ったきっかけはさまざまだと言っていたけど、仕事に繋げるために意識的にSNSを運用したり、展示を開催しているというわけでもないよね。
展示は気が付けば年に1、2度くらい開催していますけど、仕事に繋げるためにしたことはないです。自分の表現活動のひとつというか、毎回「見た人に何を届けたいか」を考えながらしているものだから、そういう意識が持てないのかもしれません。SNSに関しては……そもそもあまり更新できていないし(笑)。もちろん、お仕事はたくさんしたいと思っているんですが、仕事を得るために情報発信できていないことが、自分の弱点かもしれません。
それでも彩来ちゃんの写真をどこかで見た人が依頼をくれているんだから、すごいよね。結果的に展示を開催することも仕事につながっているわけで。
そうですね。作品が新たな出会いを生み出してくれていると思うこともあります。本当にありがたいことです!
6.自己投資 / インベストメント
何か、意識的にしている自己投資はある?
やりたいと思ったことや行きたい場所があれば、お金を惜しまずにできる限り行動することです!お金も大切だとわかってはいるけど、今の自分にとって大切にするべきなのは“経験”だと思っているので、何事も実際に自分の目で見て経験してみたいです。
行動力のある彩来ちゃんらしい。
一方で、仕事以外に時間を取られることにストレスを感じてしまう時期もあったんです。友達と遊んだり、おいしいものを食べたりする時間もすごく楽しくて幸せなのに、「こんなことをしていていいんだっけ?」という、罪悪感のようなものを感じてしまって。何かをつくり出すことを重要視しすぎて、それ以外の時間に焦りを感じてしまっていました。
でも、友達や大切な人と過ごしたりのんびりしたりすることが、ほんとうは人生においてとても大事なことなんですよね。それを疎かにすると空っぽになってしまうし、結果的に何もつくり出せなくなってしまう。今はそれを知ることができたから、創作以外の時間も大切にできるようになってきたと思います。

その年齢でそれに気が付くってすごいことだと思う。どうしてそう思えるようになったの?
監督する映画の脚本を執筆しなければいけない期間があって、ほかのお仕事を少しだけお休みさせてもらったんですが、脚本を書くこと自体初めてだったので、カンヅメになったところでまったくできませんでした。それで「これは心の余裕がなければ書けない!」と思って、思い切って1ヶ月ほど遊んでみたんです。会いたい人に会って、行きたいところへ行って、島まで旅行したりして。そのときに「こういう時間もすごく重要だ」と痛感しました。
旅行ひとつとっても、“旅先で写真を撮る”ことが目的になっちゃったりするもんね。ふつうにその土地に行って、美しいものを見ておいしいものを食べて、ただ楽しむだけでいいはずなのに。
そうなんです!それもあって、仕事じゃない日常の写真の撮り方についても考えるようになりましたね。それまでの私は、仕事以外のシーンでもいくつものカメラをぶら下げて出かけて、撮りたいものを見つけたら「こっちで撮ってから、一応こっちでも撮っておいて……」というふうに保険をかけてしまっていたんですが、ふと「なんで日常の写真でこんなことしてるんだろう。これって技術力を使った怠慢じゃないのかな」と疑問に感じました。
だから最近は、ファインダーをちゃんと覗き直そうと思って、PENTAXの「645」でフィルム1本(16枚)分の写真を毎日撮る、という実験をしてみています。撮ったものはあえて1年間は現像せずにフィルムのまま置いておいて、1年後に現像したときに何が生まれるのか確かめてみようと思っています。そんなことをしたところで何も生まれないかもしれないけれど、自分にとっての意味はあるような気がするんですよね。

素敵な取り組みだね。それもまた挑戦のひとつなんじゃない?
そうですね。誰よりも写真というものが好きだと自負しているので、写真に対してはずっとワクワク感を持っていたいと思っています!
7.幸福 / ハピネス
映画を監督したり、脚本も自分で書いたり、本当に新たな挑戦をし続けているよね。昔から知っている僕からすると、彩来ちゃんは常に戦っているように見える(笑)
本当に、常に悩んで走って、戦っていますよ。
私の中で“幸せ”には、一瞬の“点”のような幸せと、穏やかな“波”のような幸せという、2つの種類があるんです。点のような幸せというのは、楽しくもありつらくもあり、“苦しい”の先にある、素晴らしい瞬間。「この一瞬に出会えるから、私はつらくてもがんばれる」と思える、閃光のような幸せです。一方で、波のような幸せというのは、何気ない日常の中にある、穏やかな幸せ。大切な人やおいしいもの、美しい景色、素晴らしい作品にふれたりする、受身な幸せですね。どちらかというと、私は点のような幸せのほうをより追い求めているから、常に戦っているのかもしれないです。
でも、さっきの話でいうと、今は波のような幸せも大切にできるようになったということかな。

そうですね。私が監督した短編映画の『カフネの祈り』が完成したとき、改めて「これからも作品を生み出し続けていたい」と思ったのと同時に、「人を大切にできる人間になりたい」とも、心から思いました。点のような幸せだけを追い求めていたら、私はきっと苦しすぎて生きていけないし、人と共存して生き続けるために、人を思いやれる人間になりたい。そのために、身近にいる人や、自分の日常もより大切にしたいと思っています。
僕は、彩来ちゃんには人を動かす力があるとずっと思っているし、これまでよりさらにまわりの人たちを大切にしたいと思えるようになったというのは、本当に素晴らしいことだと思う。なんというか、大人になっていっているんだね。
ありがとうございます。くり返しになりますけど、結局、私はひとりきりでは生き続けることもつくり続けることもできない、ということなんですね。これからもずっと写真を撮りながら、人と向き合っていきたいです。
本記事に掲載しきれなかった増田彩来氏の作品は、shuffleでご紹介しています。