さまざまな雑誌やメディア、広告などで活躍するフォトグラファーたち。彼らが自分らしい写真を撮り続けるために大切にしている、いわば「中核」となる活動について、詳しくお話を伺います。
今回お話を聞いたのは、ファッション雑誌や女性誌、広告などのポートレート撮影で活躍する花盛友里さん。クライアントだけでなく、モデルや俳優、アーティストからも厚い支持を集める花盛さんですが、代表作「脱いでみた」をはじめ、一般の方を被写体とした撮影活動も続けています。これらの活動は、花盛さんのフォトグラファーとしてのキャリアにどのように影響しているのでしょうか?
「もう写真を辞めてしまおう」と思ったスタジオ時代

―― 写真の専門学校を卒業後、スタジオで数年勤務されたのち、フリーのフォトグラファーとしてデビューされた花盛さん。写真を撮り始めたのは何歳の頃でしたか?
写真をはじめたのは14歳の頃です。でも「将来はフォトグラファーになるぞ!」と思っていたわけではなくて、写真を学ぶことにしたのも「写真が好きだから」というふんわりとした理由でした。
―― ずっとフォトグラファーを志していたわけではなかったのですね。卒業後にスタジオに就職し、フォトグラファーとしてのキャリアをスタートされましたが、実際に写真を仕事にされてみていかがでしたか?
働き始めたばかりの頃は、覚えなければならないことがたくさんあったし、先輩方もとても厳しかったので、ほんとうに大変でした。今とは時代が違うというのもありますが、私を含め新人は毎日怒られてばかりで、たった1ヶ月で同期が半分くらい辞めてしまいましたね。
とはいえ、ひと通りの仕事を覚えてアシスタントから昇格すると、先輩方はとても優しく接してくれて、家族のようでした。結局スタジオには3年弱勤めましたが、そのあいだに学んだことはとても多いと思います。
―― スタジオを辞め、フリーランスとして活動しようと思われたのはなぜでしたか?
働く環境としては悪くなかったのですが、スタジオに撮影に来るカメラマンさんたちが、あまり写真を撮ることを楽しめていないのが気になって。みんな、あくまで「仕事」として撮影している感じだったんです。そんな姿を毎日見ていたら「私が目指していたのはここだったっけ?」という想いが芽生えてきて、いっそ写真の仕事を辞めてしまおうと思いました。
スタジオを辞めたあとは、日本を発って半年ほどニューヨークで暮らしてみました。その期間にはあまり写真を撮ることはしなかったのですが、それが逆に良かったのか、帰国してみると写真を撮ることがそれほど嫌じゃなくなっていて。ロケアシなどに入る形で、再び写真の仕事をスタートさせました。
その後、知り合いづてで事務所に入ったりもしたのですが、それほどメリットも感じられなかったので「もうひとりでもいいか」と思い、思い切ってフリーランスとなった、という感じです。
自分自身も救われた「脱いでみた。」シリーズ

―― 花盛さんの代表的なシリーズ「脱いでみた。」は、いつごろからスタートされたものでしょうか。一般の方をモデルにヌード撮影を行うというアイデアは、どのように生まれたのか教えてください。
始めたのはいまから10年ほど前でしょうか。最初から一般の方を被写体としていたわけではなく、当初はモデルさんを撮らせてもらっていました。そのなかで、私から見れば完璧なほど美しいモデルさんが「こんなにきれいに撮ってもらえるなんて、うれしい」と言ってくださって「この人にもコンプレックスがあるんだ」と気づくタイミングがありました。それなら、一般の女性を被写体にしたら、もっと作品の共感性が上がるんじゃないかと思ったんです。
初めて「脱いでみた。」の個展を開いたときには、今のような「セルフラブ」の価値観はあまり浸透していなかったので、すごく話題になりました。新聞やニュースなどでも「女性のためのヌード」としてたくさん取り上げていただいて、とてもうれしかったです。来場してくださった女性のなかには、涙を流しながら「救われました」と言ってくださる方もいて、私自身も救われたような想いでした。


ーー 今でも「脱いでみた。」シリーズの被写体を募る際には、抽選ではなく、先着で決定されているそうですね。応募者にはどんな方が多いですか?
いろんな方がいらっしゃいますよ。年齢も、20代から40代までバラバラです。でも、ヌード撮影は初めてという方がほとんどなので、はじめはみなさん緊張されていますね。撮影スタジオの扉の前までやってきたものの「このドアを開けずに帰ろうかと思った」と言っていた方もいます。
ーー たしかに、初対面の人の前で裸になるのは緊張してしまいますよね。とはいえ「脱いでみた。」の写真のなかでは、みなさんリラックスしていたり、晴れやかに笑っていたりと、緊張されているようには見えないのですが……。
被写体の方が扉を開けた瞬間から「緊張しなくていいんだよ!」という楽しい空気を感じてもらえるようにしていますし、あまり「脱ぐ」という意識を持たせないよう気をつけています。服を着ている状態のまま談笑してしまうと、そのあと脱ぐことに抵抗感が生まれるので、入ってもらったらすぐに服を脱いでもらったりだとか。それでも最初は緊張されていることが多いですが、みなさん帰るときには必ず笑顔になってくれます。
私は、自分の強みは「相手を緊張させずに撮れる」ことだと思っているんです。緊張をほどくために、どんな会話をしたらいいかとか、反対にあまり話さないほうがいいかとか、どんな写真を撮ったら喜んでもらえるかとか、被写体のことを常に観察しながら、考えながら撮影しています。私自身も写真を撮られるのが得意じゃないので、カメラを向けられると緊張してしまう気持ちがわかるというのも、もしかすると関係しているかもしれません。
マタニティフォトやニューボーンフォトは、大切な成長の機会


ーー 「脱いでみた。」のほかに、一般の方も対象に、マタニティーフォトやニューボーンフォトなどの撮影依頼も請けていらっしゃいますよね。
マタニティーフォトやニューボーンフォトのご依頼は、InstagramのDMなどからいただいたら、できるだけお請けしています。被写体の方から許可をいただけた場合は、Instagramにも掲載させてもらっていますね。見てくれている人たちに「広告を撮っている人」というイメージをあまり思ってほしくないというか、広告と同じくらい「マタニティーフォトやニューボーンフォトもたくさん撮っている人」と思われたくて。
ーー 商業の撮影でもお忙しいなか、そうした依頼にも対応されるのは、たいへんではないですか?
ほかのお仕事とかち合わないよう「この日のこの時間であれば伺えます」など私のほうからスケジュールを提案させていただいているので、大変ということはないですよ。それに、これは私がどうしても続けたいことでもありますから。
雑誌や広告の撮影だと、ヘアメイクさんやスタイリストさんをはじめ、とても才能豊かな方々が一緒にものづくりをしてくれるので、「これって私が撮らなくても、勝手に素敵な写真になるんじゃないかな」と思ってしまうことがあるんです。すごくかわいい写真が撮れても、「これは私の実力というより、まわりのクリエイターさんたちの力なんだよなあ」と感じてしまうというか。
一方、一般の方を被写体とした撮影は「私だから撮れた」という実感がもてるので、自信につながりますし、フォトグラファーとして成長させてもらえる気がします。スタジオマン時代に違和感をもっていた「仕事として写真を撮っているフォトグラファー」にならないために、常に自分が楽しめる形で、成長し続けたいと思っているんです。

ーー 楽しみながら写真を撮れることが、花盛さんのなかでとても重要なのですね。フリーランスになってから、スタジオマン時代のように、スランプに陥ったことはありませんか?
長男を妊娠・出産した頃、それまで続けていた仕事がゼロになってしまい、悩んだことはありましたが……。「寝起き女子」や「脱いでみた。」を通じて仕事が軌道に乗ってからは、ありがたいことに一度もスランプになったことはないです。毎日すごく楽しいですし、すごく幸せですよ!
自分を応援する「セルフラブ」の価値観

ーー 撮影のほかに、アパレルブランド「ikka(イッカ)」のプロデュースや、コスメブランド・アパレルブランドとのコラボレーションなども積極的にされていますよね。どのコラボにも一貫して、「自分をもっと好きになれるきっかけを届けたい」という想いが込められていて、身にまとうだけで少し前向きになれるような、“お守り”のような存在になっているところに、花盛さんらしさを感じます。
私にコラボを持ち掛けてくださる企業の方は、ほとんどが「脱いでみた。」を見てくださった方なんです。「脱いでみた。」でも大切にしていた「そのままの自分でいい」というセルフラブの価値観に共感してくださっていると思うので、自ずと同様のテーマとなっていますね。
ーー 花盛さんが写真やプロダクトを通じて提唱し続けるセルフラブの価値観は、多くの女性に希望を与えていると思います。花盛さんが女性たちを応援し続ける理由は何ですか?
「女性を応援したい」という気持ちはもちろん持っているんですが、私はそれ以前に「自分を応援したい」と思っています。まず第一に自分を大切にしたいし、自分を褒めてあげたい。そしてみんなにも「もっとラクしてもいいよね」とか「十分がんばってるじゃん」というふうに、自分を褒めてあげてほしいと思うから、同じ価値観が広がってくれればいいなと思うんです。
というのも、子どもを産んで、ある程度年齢を重ねたときに、私が持っている悩みはごく一般的なものだと気づくタイミングがあったんですよね。外見へのコンプレックスとか、仕事と育児の両立とか、同じことで悩んでいる女性はたくさんいるんだな、と。クリエイターの身でありながら一般的な価値観しかもっていないことに悩んだこともあったけれど、それは多くの女性と同じ悩みを共有できるということだと思いました。
私が壁にぶつかったり、それを乗り越えたりしたときに、その気持ちを正直にありのまま発信すれば、特別なことじゃなくても、社会の中で多くの人が感じている当たり前の悩みに、自然と届くと思うんです。だからこれからも「もっと気楽におしゃれを楽しもうよ」とか「家事なんて手抜きでもいいじゃん」とか、写真だけでなくいろんなプロジェクトを通じて、「そのままの自分でいいんだよ」というメッセージを、わかりやすい形で伝えられたらと思っています。