青山裕企|Cores of the Artist

Mar. 23. 2026

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さまざまな雑誌やメディア、広告などで活躍するフォトグラファーたち。彼らはどのようにして写真と向き合い、撮り続けているのでしょうか? 活動を続ける上での「中核」となる価値観について、詳しくお話を伺います。
今回は、「ソラリーマン」「スクールガール・コンプレックス」「少女礼讃」などのパーソナルワークで国内外から支持を集める、青山裕企さんにインタビュー。2025年9月に写真家として20周年を迎えられた青山さんに、作品づくりや写真との向き合い方について、詳しくお話を伺いました。

Yuki Aoyama

Photographer

1978年名古屋市生まれ。筑波大学人間学類心理学専攻卒業後、2005年に独立。2007年キヤノン写真新世紀優秀賞受賞。「ソラリーマン」「スクールガール・コンプレックス」「少女礼讃」など“日本社会における記号的な存在”をモチーフにしながら、自分自身の思春期観や少女・父親像などを反映させた“記号性と個性と関係性”についてのポートレイト作品を制作している。

変化する環境や自分の感情と向き合ったとき、自然と作品が展開されていく

―― 昨年9月で、写真家として20周年を迎えられた青山さん。2022年には、関わられた書籍が100冊を超えたことも話題になりました。写真をはじめられた当初は、現在のようなキャリアを想像されていましたか?

いいえ、まったく予想していませんでした。僕は、あまり未来を見据えてキャリア形成できるようなタイプではなくて。今でも「たった数年後のことだとしても、未来のことはまったく想像できない」と思っているくらいなんですよ。ただ、写真家として活動を始めたときから「自分が写真をやめることは、きっとないだろう」と確信していたので、ずっと写真を撮り続けるだろうということだけは、予想していたかな。

書籍をこんなにもたくさん出せるというのは、それこそ活動当初には想像もできなかったことでした。「いつか自分の写真集を出せたら」と憧れてはいたけれど、夢物語のように感じていたんです。ところが、2009年に初の著書となる「ソラリーマン」を出すことができて、さらに翌年に「スクールガール・コンプレックス」を出したら、それがなんだか話題になって。想像以上の結果を残すことができたから、じゃあ次の写真集も、その次の写真集もというふうに、運良く進んでこられたという感覚です。

―― スーツ姿のサラリーマンがジャンプする「ソラリーマン」や、女子学生をフェティッシュな少年の視点でとらえた「スクールガール・コンプレックス」をはじめ、青山さんのパーソナルワークにはシリーズとして長期的に発表されているものが多いですよね。作品をシリーズとして長く展開されることも、計画されていたわけではないのでしょうか?

「ソラリーマン」より
「むすめと!ソラリーマン」より

そうですね。そもそも「ソラリーマン」は、最初からサラリーマンを被写体としていたわけではありませんでした。当初は、ジャンプしている自分の姿をセルフタイマーで撮影したり、大学の友人をジャンプさせたりしていました。

サラリーマンを被写体とするようになったのには、実の父親の死が関係しています。サラリーマンだった父を亡くしたことで、“サラリーマン”という存在に執着するようになったんです。生きているうちにもっと父親を撮っておけばよかったっていう、後悔も関係していたのかな。それで、スーツ姿の男性ばかり撮るようになりました。

「ジャンプしている人の姿を撮る」という構想の先に“父親”や“サラリーマン”がいるとは自分でも思わなかったので、作品の展開自体は、ぜんぜん戦略的じゃないんです。「スクールガール・コンプレックス」やほかの作品もそうですけど、自分自身に起こったできごとや、それに対して自分のなかに湧き上がった感情などに向き合ったときに、自然と作品が発展していくという感じですね。

―― シリーズを長く続けられることによって、作品が少しずつ変化していく点も特徴的ですよね。ご自身も父親世代になられたことで、「ソラリーマン」への想いがまた変化しているとか。

「ソラリーマンズ」より

これまでは、被写体であるサラリーマンたちのことを“息子から見た父親”という目線で撮影していたんです。ところが、自分も父親世代になったので「じゃあ自分も跳ばないと」という気持ちになって(笑)、「ソラリーマンズ」という自ら跳ぶシリーズも始まりました。シリーズをスタートさせた当初もジャンプしている自分を撮影していましたけど、今度はそこに“父親”としての自分が投影されているわけで、この変化はなかなかおもしろいな、と思っています。

子どもならではのピュアなまなざしをとらえた新作「I AM OVER THE MOON」

―― 今年1月には、「少女礼」以来7年半ぶりの新作となる「I AM OVER THE MOON」を個展で初披露されていましたね。愛らしいお子さんの姿や、その無垢な視点をとらえた写真たちからは、ポジティブなエネルギーを感じました。

「I AM OVER THE MOON」より

ありがとうございます。この作品は2022年から撮り始めたものです。子どもが産まれたからといって「今度は彼らを被写体にして、作品を世に出そう」と考えていたわけではなくて、しばらくは、写真家として作品を撮ることとはまったくべつの感覚として、子どもの日常的な姿を撮影していました。ただ、改めて「そろそろ新作をつくりたいな」と考えていた時期に「こういった何気ない日常の中にこそ、表現したいテーマがあるのではないか」と感じて、子どもの写真を作品にしてみようと意識するようになりました。

子どもって、大人が忙しなく通り過ぎるような日常のなかで、いろんなできごとやトラブルを経験して、たくさんのことを発見しているんですよね。言葉が少しずつ喋れるようになると、しょっちゅう「これは何?」「なんでこれはこうなるの?」と質問されるようになって、彼らの世界は知らないもの、好奇心を刺激されるもので満ちているのだと気づかされました。そういった純粋無垢な視線を通して見てみると、大人でも、つまらないと思っていた世界をおもしろく感じることができます。それって、僕がカメラを手に入れて写真を撮るようになったときの感動と似ているんですよね。

ファインダーをのぞくと、道端の雑草だとか、公園の蛇口だとか、いろんな形の雲だとか、ほんとうにささいなものが突然魅力的に見えて、世界が180度変わったように感じます。子どものまなざしというのは、そんな感覚を呼び覚ましてくれるものなんです。それなのに、成長したら彼らの記憶からはその感動が薄れていってしまうわけで、親として、大人としては、あまりに切ない。いつか子どもが大きくなったときに小さかった頃のピュアなまなざしを見せてあげたいし、作品に残すことで、僕も今の彼らのような無垢な心を忘れないようにできたらと思っています。

―― 素敵ですね。ちなみに「I AM OVER THE MOON」というタイトルには、どのような意味が込められているのでしょうか?

「I AM OVER THE MOON」より

この作品に関しては、なかなかタイトルが決まらなかったんですよ。どうしようかなあと悩んでいるとき、ふと子どもの履いていたトレーニングパンツに目をやったら、動物のイラストとともにポップな字体で「I AM OVER THE MOON」と書いてあって。「うれしくてたまらない」とか「月を飛び越えるほどの感動」という意味の言葉なのですが、それを見た瞬間に、すべてがバチバチッとつながった感じがしたんです。子どもが産まれた瞬間、いい写真が撮れた瞬間、子どものまなざしを通して世界を見ることができた瞬間──それはまさに「OVER THE MOON」だと。人生でいったい何度経験できるだろうというような“とびっきりの感動”を表現したい作品に、ぴったりの言葉だと感じました。

スランプを救ったのは、生活のなかにある美しさと「少女礼讃」

―― 青山さんは、これまで写真家として活動されてきたなかで、スランプに陥ったことはありますか?

「スクールガール・コンプレックス」より

写真自体をやめようと思ったことは一度もありませんが、「撮りたい」という気持ちにはムラがありますし、スランプに陥ることもしょっちゅうあります。とくに深刻だったのは、「スクールガール・コンプレックス」がヒットした数年後ぐらいでしょうか。

ブレイクできたことはとてもありがたかったけれど、フェチ的な撮影の需要がすごく多くなって、“「スクールガール・コンプレックス」っぽい”ものばかりを求められるようになったというか、自己模倣をするような感覚になってしまったんです。その頃は、書店で僕の写真集を中心に“フェチ本”のようなコーナーがつくられていることもよくあって。僕はずっと写真集や本というものが好きだったので、自らの写真によって聖域を汚されてしまったような、なんだかすごく複雑な気持ちになったんです。「自分が大切に撮っている写真も、こんなに簡単に消費されてしまうんだ」と感じたというか……。そんなこともあり、クライアントワークは精力的にこなしつつも、日常的な写真を撮ることを楽しく感じなくなっている自分がいました。写真家にとって自由に写真を撮りたいと思えないことほど、しんどいことはないですね。

スランプを抜けたのは、それからしばらく経った頃、すごく天気のいい元旦の朝のことでした。食卓にはあたたかいお雑煮がのっていて、そのどんぶりから立ちのぼる湯気に朝の光があたるさまが、とても純粋に美しかったんです。そこで僕は、それまですっかり撮らなくなっていたカメラをあわてて取り出して「ここから撮ると湯気に奥行きが出て素敵」「グラデーションがいい感じ」とか言いながら、その湯気を夢中で撮影しました。そうしたらなんだか気分がのってきて、外に出て散歩をしながら写真を撮っているうちに、「写真を撮るのって楽しい」という気持ちが復活しました。

結局、自分が美しいと感じられるものは、身近な生活のなかにあったということなんですよね。いろいろオファーをいただいたり、求められるものばかり撮っているうちに、そういう“写真の感動”が見えなくなってしまっていたんだと思います。

―― なるほど。それ以来、深刻なスランプに陥ることはなくなったのでしょうか。

「少女礼讃」より

「少女礼讃」を撮り始める前年、2017年ごろにも、スランプ気味になったことがありましたね。それまでの僕は、パーソナルワークであまりポートレート撮影をしていなかったのですが、クライアントワークでは頻繁にオファーをいただくようになっていて。「作品として、ちゃんとポートレートと向き合ったことがないな」という気持ちがあったのですが、かといって誰を撮ればいいのかもよくわからなくて、ちょっと行き詰まり感があったんです。

そんな時期に、突然「少女礼讃」のモデルとなってくれた女性から「写真を撮ってほしい」と連絡をもらいました。とりあえず一度撮らせてもらおうと会ってみたら、彼女は僕に“撮らなきゃ”と狂おしく思わせるような、すごい存在だったんですよ。向こうも僕に“撮られたい”と強く思ってくれていたので、圧倒的に彼女だけを撮り続けた作品をつくろうと思い、数年間かけて「少女礼讃」を制作しました。ほんとうにすばらしいタイミングと縁でしたね。

「少女礼讃」より

個性・記号性と関係性、そして日常を非日常に変える“写真”のおもしろさ

―― 「ソラリーマン」「スクールガール・コンプレックス」「少女礼讃」「I AM OVER THE MOON」と、青山さんの作品はそれぞれの特色がハッキリしているように感じますが、通底する価値観はありますか。

「スクールガール・コンプレックス」より

“個性”と“記号性”、そして“関係性”です。たとえば「少女礼讃」は、あえて名前や年齢といった素性を公開せず、記号的な“少女”としての姿のみをとらえ続けることで、彼女の圧倒的な“個性”を表現した作品ですが、一方で、「ソラリーマン」や「スクールガール・コンプレックス」は、サラリーマンや女子学生といった“記号性”の部分だけを抽出している。でもそこには、サラリーマンを息子の目線から、女子学生を思春期の僕──つまり同級生の目線から撮っているという“関係性”がある。被写体と撮影者の“関係性”が作品にあらわれている点でいえば「I AM OVER THE MOON」と同様だと思います。「少女礼讃」では、あえて僕と少女の“関係性”は見えにくいようにしていますけど、反対に鑑賞者と少女の間に関係があるのかもしれないと錯覚させる意図があったので、やはり“関係性”を大切にしているという点では同じですね。

僕は頭でこねくり回して作品をつくり上げることができないタイプなので、結局は、自分の環境やそのときの役割によって、撮りたいものやつくりたい作品が変化しているだけなんですけど。そういう自然発生的に生まれたテーマに従っていても、作品の芯のようなものは自分のなかに確実にあるのだと思います。

―― この20年のなかで環境的な変化を迎えつつも、青山さんの写真の芯の部分はずっと変わらないのですね。先ほど「未来のことはわからない」とおっしゃっていましたが、今後はどのように活動していきたいと思われますか?

「I AM OVER THE MOON」より

僕としては、活動21年目を迎えて、2周目のスタートラインに立っているというか、改めて、人を撮るという純粋で根本的な喜びに立ち返ることができていると感じます。被写体が女性でも男性でも、パーソナルワークでもクライアントワークでも、被写体とひとりの人間としてしっかりと向き合うことで、魅力を引き出せるようになったんじゃないかと思うんです。

僕は個展を開催したときなど、観にきてくれた方の写真をカジュアルに撮らせてもらうことが多いのですが、最近は、そういった記念写真的な撮影と、カロリーの高いクライアントワークでの撮影と、なるべく違いがないようにしたいなと考えています。どんな人でも、カメラを向けられることで、ちょっと非日常感を味わえるでしょう? 法被を着ると途端にお祭り気分に変身するように(笑)。「カメラは日常をおもしろくしてくれるもの」という、写真を撮り始めたときの感動を今も持ち続けているから、この先は、より一層その気持ちを大切にしていきたいと思っているんです。自分でいうのもなんですけど、まだまだ僕の伸びしろに期待していてください!

by Yuki Aoyama

青山裕企|Cores of the Artist

Mar 23. 2026

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