第5回目のゲストは、3月に自身初のハウツー&エッセイ本『瀧本幹也 写真前夜』を刊行した写真家・瀧本幹也。デビューから25年、常に写真界の第一線で活躍してきた氏が今、この時代に語る、写真との向き合い方とは?
写真家。1974年愛知県生まれ。1998年より広告写真をはじめ、コマーシャルフィルムなど幅広い分野の撮影を手がける。また映画撮影や自身の作品制作も精力的に行い、写真展や写真集として発表している。
株式会社XICO 代表取締役。
フリーランスエンジニアから写真家・実業家へキャリアシフト。ソフトウェア設計、ビジネスデザイン、B2B/コミュニティマーケティング、ビジュアルプロデュースを掛け算。自社経営をはじめ、外部顧問としてビジネスデザイン領域や事業戦略設計の支援、フォトグラファーとして広告写真制作やプロデュースなど浅く、広く、活動中。
『写真前夜』を一足先に拝見しました。作品ができるまで徹底的に追い込まれる過程や、「自分の写真を守れるのは自分だけ」といったセレクトにおける写真愛など、クリエイターからするとかなり発見の多い本でした。どうして今、このような本を出そうと思われたのでしょうか。
前回、菅付雅信さんも話されていましたけど(本誌2023年4月号掲載)、カメラが進化して、少し前までは難しくて取っ付きにくかった写真の間口が広がった一方で、多くの人が機械に “ 撮らされている ” とも言えます。露出やシャッタースピードは機械が選んだ最適なものに自動で設定されて、さらに撮った瞬間に機械が補正をかける。自分の考えを写真にのせたり、撮るまでの思考したりする機会が減ったことで、写真を撮る行為が軽くなってしまった印象と、このままで良いのかといった不安感がぼんやりとあったんです。
だから僕らの世代が、写真との向き合い方を語るべきなのかなとは思っていました。ただ、決して「写真を撮るのは大変だ」という精神論を語りたいわけではなく、1枚の写真が生まれるまでの過程を淡々と伝える。その中で、読者が自分のためになりそうなエッセンスがあれば、それを心のどこかに置いておいてもらえるような本になればいいなと。
なるほど!瀧本さんのような大先輩がそのような理由で筆をとってくださることには意外性もあったのですが、そういった思いからなんですね。“ この時代に、瀧本さんが実体験をもって語られる”ということの価値が詰まっていて、いま写真を生業にしている人たちにとって、きわめて重要かつ、語られていること以上に考えさせられる1冊でした。
ハードウェアとして機械の進化はもちろんですが、ディープラーニングを使った画像生成サービスなどソフトウェア側もどんどん進化し、普及も加速しています。既にコンピュータが画像を生成するための素材を人間が作る、という逆の図式も起こり得ると思っています。
これからは、クリエイターとしての意志がより重要になってくる時代だと思うんです。多くのフォトグラファーにとっての憧れの存在である瀧本さんが、この時代に、1枚の絵ができるまでの準備段階や偶有性に焦点をあてて書かれているのが嬉しかったです。
まさに “ 写真前夜 ” ですよね。もともと「写真と生きる」という仮題で進んでいたんですが、文字通り写真と共に生きてはきたけど、ちょっと固くて偉そうかなと引っ掛かっていて。少年の頃からずっと写真が大好きな気持ちは変わらないし、今でもビジネスとしてではなく趣味として見ているので、もう少し軽やかさがほしいと思っていました。
そこでたまたま撮影現場でコピーライターの福部明浩さんに相談したら、5案くらい出してくださって、その中に“ 写真前夜 ” がありました。
確かに、「写真と生きる」だと覚悟のようなものを連想しますね。拝読していて感じたのは、瀧本さんにとっての写真は覚悟というよりも衣食住や日夜時間を投資しても飽きない趣味のようなものだと感じました。少年時代から写真がお好きということですが、好きな写真の傾向に変化はありましたか?
根本的には、少年の頃から変わっていないですね。記憶になかったんですが、先日実家から送ってもらった小学生の頃に撮った写真と、最近撮っている花とお寺の写真が酷似しているんです。小学生の頃から写真家になることを決めていたので、写真の勉強に時間を割きたくて、16歳で高校を中退しました。
学校教育に疑問を持つ人は一定数いるにしても、実行に移せる人はなかなかいないですよ。そういう意味では、昔から実行力や意志の強さがあるんですね。
企画制作=サントリーホールディングス+電通/dof+サン・アド
ECD=大島征夫 CD=菅野紘樹・窪本心介 CD+AD=田中友朋
C=岩田純平・有元沙矢香 AD=田中秀幸 D=三上智広 C-Pr=菅谷有香・松浦ゆり
Pr= 松本 隆・加藤未果・野口要平 Ag-Pr=永井 浩
P=瀧本幹也 シズル=五月女則子 AE=牧 庸介・谷本篤史・ボイド由佳里
世の中はバブルで、いい企業に入れば終身雇用で生涯安泰、という風潮でしたが、当時から天邪鬼なところがあって、「そうはなりたくない」という気持ちもありました。だからこそ今でも広告などの仕事でも、いわゆる流行や潮流とは別のところに自分なりのメッセージを見出したいという気持ちもあります。決してただ逆を行きたいというわけではなく、「こういう考え方もあるんじゃない?」という提案をしたいんです。
高校生時代のエピソード含めて、ご自身の意志や表現することの価値を重んじられている印象です。だからこそ瀧本さんの写真はどの仕事でもブレない安心感があるのでしょうね。もちろん瀧本さん “ らしさ ” を出してもらう前提のお仕事もあるとはいえ、ディレクターやクライアントの意向もある。瀧本さんの写真が印象的なのは、様々なオーダーに対して折り合いをつけて角を丸くするのではなく、どちらも尊重した上での最適解を導き出されている印象があります。
もちろん仕事ですから過程の中で煮詰まったりぶつかったりする時もあるし、答えが見えない時もあります。天気や予算など物理的なことも含め、問題点が多くなってくると、心を閉ざしがちですよね。僕の場合は、そういう時こそ燃えるというか、状況が一気にプラスに転じる解決策を見逃していないかとワクワクしてくるんです。
仕事だと思うとつまらない考え方しかできないけど、趣味で楽しむという気持ちにシフトすると、面白いアイデアも浮かんできますね。あとは頭で考えるだけじゃなくてとにかく手を動かしてみる。
なるほど。本当に写真がお好きなんですね。作品を拝見していても、入念な準備や計算のもとにつくられていることはわかりますが、一方で偶然が味方をしないと撮れないようなものが多くありますよね。
「最低限ここまでは撮れなければならない」というところまでは準備しますが、あとは現場での反応に素直になれるように余白を残しておくようにしています。準備をしすぎると逃しちゃう危険がある
し、それこそテストのなぞりになってはつまらない。資料を丁寧に作りすぎることがゴールになってしまってはいけないんですよね。準備段階と現場では、脳の全然違う部分を使っている感覚です。
まさに!計画しているからこそ偶然性を受け入れられる態勢ができているというか。
狙い通りのものが撮れたとしても、「つまらないから1回ぶっ壊してみようかな、そうすればさらに良くなるかもしれない」というやんちゃな自分が顔を出してくるんです。それを努力とか苦労とは全く思わず、純粋に好きなことを心底本気でやっている感覚です。
少年が持つような想像を愚直に実現していて、瀧本さん自身がまだ見ぬ何かを発見したいという思いで楽しんでいるからこそ作品が生まれてくるのですね。アート的文脈で言う “ コンセプト ” に相当するものがないと闇雲なブレになってしまってなかなか実行できないことでもありますね。ご自身としてはあくまで自然に実行されているんだろうなという印象を受けますが。
おっしゃるとおり、純粋に好きで楽しくて衝動的に写真を撮っていますが、その一方で作品にしても広告にしても、コンセプトとして自分の写真を言葉で説明できた方がいいと思っています。僕の場合は論理的思考と直感が行ったり来たりしていて、それができた時には写真の強度がさらに上がるような気がしています。
アウフヘーベンと言われますが、相反する2つの事象に対して、より高次元の解を導き出していますよね。『写真前夜』でも宇宙への関心に触れられていましたが、瀧本さんには俯瞰的な目線があり、宇宙的視点で写真に取り組まれてる、ある種宇宙人的感覚が成せる技なのかもしれません。「幸運は用意された心のみに宿る」という言葉がありますが、120%偶然だとしても、計画や準備が周到だからこそ、視野が広がってシャッターチャンスを掴めるのだと思います。
視点をたくさん持つというのは意識しているところではありますね。ただ、先述した花とお寺のシリーズはまったく逆で、行き先も被写体も決めず、心と気の赴くままに任せて撮っています。写真に対してより自由に向き合えている感じがありますね。それはコロナ禍を経たことで、それまではずっと宇宙や世界に向いていた気持ちが自分の足元に目がいくようになったことがきっかけでした。準備もプロセスも踏まずとも、五感を解放して写真は撮れるんだということを発見したんです。
面白いですね。既に写真前夜の先に行ってらっしゃる(笑)。最後に、その発見や視点が仕事に活きた、という例もあるんですか?
最近の仕事でいうと、サントリーウイスキーの広告(本誌P.114掲載)が好例ですね。自分の感情が動くポイントに素直になりたくて、手タレ(手のみ出演するタレント、ハンドモデル)を入れずに、自らグラスを持って撮影しました。仕事とはいえ、自由な発想で作ってもいいんだなと思えました。
広告は多数の人が見るものだからこそ、グッと心を掴むものでないといけません。それが昨今では目障りなもの、動画視聴を邪魔するつまらないもの、ノイズとしてスキップされるものになってしまっています。
だからなのか、それに伴ってなのかはわかりませんが、広告制作もどんどんカジュアルになって簡略化されていっている。でも汗をかかないと見えないことや、たどりつけない場所はきっとあると思っています。
最初の話に戻りますが、決して精神論を語りたいわけではないのですが、本当に楽しんで作ったものが、結果的に人にもきちんと伝わるものになると思っています。つまらない写真を続ける方が苦ですからね。いかにそうならないようにするか、写真を守り続けたいなと思っています。
フォトグラファー生存戦略とは
企業のマーケティング活動をコンテンツで支援するXICO(ヒーコ)。エンジニアからフォトグラファーにキャリアシフトし、企業コンサルティングなども手掛けマルチに活動するヒーコ代表 黒田明臣氏が、広告写真業界を軸に独自の観点で様々なプレイヤーと対談。この時代をフォトグラファーが生き抜くためのヒントを、対話の中から導き出す。
ヒーコとは
企業のコミュニケーションをデザインし、クリエイティブで実装していく、コ・クリエイティブカンパニー。多角化する企業のマーケティングやブランディング活動を、プロデュースとディレクションを武器に支援。市場や媒体を横断しながら企業の付加価値を高めるための成果をお届けすることがヒーコの役割です。
誌面はこちら
最新号はこちら
プロフォトグラファーのための情報サイト
※本記事は『コマーシャル・フォト』2023年5月号の転載となります。
瀧本幹也 写真展 LUMIÈRE / PRIÈRE
Information
EXHIBITION
瀧本幹也 写真展 LUMIÈRE / PRIÈRE
代官山ヒルサイドフォーラム
2024年12月5日(木)〜12月15日(日)
11:00-20:30/会期中無休
入場料 : 500円 高校生以下無料
hillsideterrace.com
BOOKS
LUMIÈRE / PRIÈRE
A4変形/ハードカバー/248P/12,000円+税
発行所 : MT Gallery/mtgallery.jp/発売元 : 青幻舎