フォトグラファー生存戦略「写真が終わる前に」菅付雅信 x 黒田明臣

Jan. 09. 2025

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第4回目のゲストは、本誌での人気連載「流行写真通信」を書籍化した「写真が終わる前に」を2023年1月に刊行した編集者・菅付雅信氏。書籍編集だけではなくWeb・広告・展覧会の編集、執筆、コンサルティングや企画立案、編集講座開講など多岐にわたる活動を行ない、常に業界の前線で写真の移り変わりを読んできた菅付氏が見る、“ 写真が終わる前に ”、我々がなすべきこととは?


(インタビュー実施日:2023年2月当時)

Masanobu Sugatsuke

Editor

1964年宮崎県生まれ。グーテンベルクオーケストラ代表取締役。アートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズの代表も務める。「編集スパルタ塾」、「東京芸術中学」を主宰。東北芸術工科大学教授。NYADC賞銀賞、D&AD賞受賞。

Akiomi Kuroda

Photographer

株式会社XICO 代表取締役。
フリーランスエンジニアから写真家・実業家へキャリアシフト。ソフトウェア設計、ビジネスデザイン、B2B/コミュニティマーケティング、ビジュアルプロデュースを掛け算。自社経営をはじめ、外部顧問としてビジネスデザイン領域や事業戦略設計の支援、フォトグラファーとして広告写真制作やプロデュースなど浅く、広く、活動中。

黒田

先日は刊行トークショーお疲れさまでした。楽しく拝聴いたしました。過去にも、菅付さんは “ 写真全般のファン ”であるとおっしゃっていましたが、写真を好きになったきっかけから教えていただけますか?

菅付

10代の頃から音楽と雑誌の中毒なんですね。よくレコードを “ ジャケ買い ”していて、次第にフォトグラファーが気になり始めました。当時よくレコードジャケットを手掛けられていたのが、鋤田正義さんや伊島薫さん、操上和美さんでしたね。また、高校1年の時に『写楽』(小学館)と『ブルータス』(マガジンハウス)が創刊されたんです。故郷・宮崎の書店で店頭創刊フェアが行われていて、それらを愛読し始めました。

黒田

雑誌文化とフォトグラファーの間には密接な関係がありますよね。私も実はフォトグラファーとしてのキャリアは雑誌から始まったのですが、編集者の写真愛には頭が下がりますし、これまでの写真文化の発展と雑誌は切っても切り離せない関係だと理解しています。

一方で、これからの写真においては、一般に言われる広告的なディレクターが描いたイメージをその通りに撮る技術、つまり技巧に特化しているだけではフォトグラファーとしてのキャリアも暗いと思っています。

TITLE 「写真が終わる前に」

2023年1月25日発売/四六判/306ページ/定価:本体2,000円+税/玄光社刊
本誌人気連載『流行写真通信』約6年分の書籍化。内外の主要な写真の出来事をほぼ網羅した「写真についてのジャーナリズム」の決定版。

篠山紀信、森山大道、杉本博司、ホンマタカシからジェイミー・ホークスワース、ファビアン・バロン、映画監督の濱口竜介、

メディアアーティストの落合陽一まで取材者合計116名! ブックデザインはBOOTLEG。

菅付

おっしゃる通りで、写真を職業にしている人は “ 写真家 ” と “ 写真屋 ” の2種類があります。アート性があり自分なりの主題を追求していく写真家も必要ですし、技術があって要望に応えられる写真屋も必要です。上田義彦さんや操上和美さんのように、その2つを備えている人もいる。ただ、カメラの技術革新によってピントと露出合わせは誰でもできるようになり、技術的な問題はどんどん機械が解決するようになりました。

そうなると写真屋に残されたものはライティングと仕上げ力です。さらにもう一段上に行くのであれば、ディレクションができるかどうかですね。クライアントの意見を聞きながら、こういう被写体でこういう光、衣装で…と提案できる人は実は少ない。海外の “ トップフォトグラファー ” に億単位のギャランティが支払われるのは、そこにクリエイティブディレクションやプロダクション料が含まれているからなんです。自分の会社にレタッチャーやライティングマンを社員として抱えているんですね。

黒田

なるほど。ディレクションができると、おっしゃられる “ 写真家 ” にも近づいていきますね。

以前、菅付さんが六本木未来大学で講義されていた記事で、メディアの進化軸として三次元マトリクスと表現されていたのを拝見しました。創作と記録、流動性と貯蔵性、権威性と参加性の3つの軸で表現されていたものです。私もとりわけ現代においては記録性と創作性の両立がフォトグラファーにとって大きなテーマの1つだと考えていますが、それはどのようにして身につくのでしょうか。

菅付

アマチュアが尻込みするようなアタマのトレーニングです。今、プロは機材の優位性がほとんどなくなってしまったわけです。そうなると頭脳で戦うしかない。

この時代にプロの写真家として食べていくには、国際的なプロのサッカー選手になるくらいの気概を持たなければと思います。サッカーボールは誰でも蹴ることができる。フットサルの練習場もチームもたくさんある。でもW杯や欧州のクラブリーグに出ようと思ったら、アマチュアとは違うトレーニングや技術が必要になります。それを写真の領域でやっているのが内外のスター写真家たちです。

黒田

サッカーでの喩えは的確ですね。私のまわりにもSNS出身で独立して売り上げを立てている人はそれなりにいますが、一方で発注者としての立場では技術の有無よりも “ その人である ” こと自体が価値というケースが多くあります。

彼らにはいわゆるメディアプランとして “ メガホン ” の立場、つまり情報を届ける役割や象徴としての役割も含まれています。ヒーコのフレームワークでも、かんがえる、つくる、とどけるという3つのパートでお仕事や役割を分類しているのですが、クリエイターとしては “ つくる ” と “ とどける ” は分けて考える必要があるのでしょうか。

TITLE 片山真理「GIFT」

実は本誌の連載の取材で初めて片山真理さんと出会ったので、「GIFT」は連載が生んだ写真集です。

テキストはパリのヨーロッパ写真美術館ディレクターのサイモン・ベイカー、ブックデザインもパリのサイモン・ダラに依頼して、

細部までこだわって作りました。


編集:菅付雅信+ジョイス・ラム

2019年発売/A4/136ページ/定価:本体5,000円+税/ユナイテッドヴァガボンズ刊
ヴェネツィア・ビエンナーレの招待作家にも選ばれた片山の初期作品から現在までのセルフポートレイトやオブジェを収録。

アーティストとしての成長をクロニクルに見せる初作品集。木村伊兵衛写真賞受賞。

TITLE 上田義彦「A Life with Camera」

上田さんの巨大な回顧的写真集は、当初はもっと薄い本の予定でしたが、上田さんがどうしても入れたい写真が多く、

こんなに大きな本に。テキストを世界最高のキュレーター、ハンス・ウルリッヒ・オブリストに依頼して、

文章の内容を巡って半年間休みなくメールでやり取りしたのがいい経験でした。


編集:菅付雅信

2015年発売/四六判/308×236mm/586ページ/定価:本体18,000円+税/羽鳥書店刊
上田義彦の30年あまりの活動を集大成した写真集。膨大なプリントの中からセレクト・配列・構成し、
上田義彦の世界の魅力を余すところなく伝える。ブックデザインは中島英樹。

TITLE Yelena Yemchuk「Anna」

ウクライナ出身NY在住の写真家エレナ・ヤムチュックとの出会いも、実は本誌のNY写真エージェンシー特集がきっかけで、エージェンシーに彼女を紹介されました。
そこから一気に話が進んで実現しました。京都のサンエムカラーで1000dpiの高精度印刷をしています。


編集:菅付雅信

2007年9月発売/A4/128ページ/定価:本体4,500円+税/ユナイテッドヴァガボンズ刊
『ヴォーグ・イタリア』などのファッション誌で大活躍の女性写真家、エレナ・エムチュックが20年にわたって撮り続けたイタリア人女性・アンナの天真爛漫なドキュメンタリー。

ブックデザインは『i-D』やシュプリームのアートディレクションも手がけるNYのSTUDIO 191。

TITLE 「六本木ヒルズ×篠山紀信」


森ビルの依頼で六本木ヒルズ3周年記念企画として作られた写真集。

篠山さんと六本木ヒルズで全て8×10カメラで56回撮影。著名人も40名撮影しています。

編集:菅付雅信
2006年発売/A4/112ページ/定価:本体3,714円+税/幻冬舎刊/ブックデザイン:中島英樹

TITLE 矢後直規展「婆娑羅」ポスター
CLIENT ラフォーレ原宿

アートディレクター矢後さんのラフォーレミュージアム原宿での展覧会を企画し、その後作品集も編集することに。
ポスターは写真が瀧本幹也さん、スタイリスト伊藤佐智子さんのドリーム・チーム。



企画=菅付雅信
AD=矢後直規(Six) P=瀧本幹也 ST=伊藤佐智子 HM=稲垣亮弐 Model=八木莉可子

菅付

クリエイティブに関わる人が意識するべきことは2つあります。トピックを素早く広く届ける同時代性という “ 横軸 ” と、イメージやプロダクト、サービスなどを長く愛されるものにしていく歴史性という “ 縦軸 ” です。

瞬時に広く伝え、バズを作ることにおいて、プロはインスタグラマーやTikTokerにかなわない時代に生きてます。悪い例で言えば、回転寿司の一件がわかりやすいですね。彼らはプロになろうと思っていないから、バズになれれば儚く消えてもいい。メディアで長くサヴァイヴしようと思っていない。だけどプロは、儚く消えたくはない。儚く消えないプロを目指すには、クリエイターは常にこの横軸と縦軸の両方を意識しないといけません。


『写真が終わる前に』で書いていますが、写真はタイムマシーンのようなもので、一瞬で拡散することもできれば、ある瞬間や創作を長く愛され続けるイメージとして永続させることもできます。そしてメディアの主戦場が SNS になっている現在、瞬時のバズ・メイキングはアマの方が長けています。プロが得意なのは、クオリティの追求です。今はさらにそこに新たな文脈的価値を与えることも求められている。伝えたいイメージにクオリティと文脈を与えて、時間の風雪に耐える、時を越える価値にしていくこと。そうすれば、そのイメージもその被写体もクライアントも、時を超えて生き続けることができます。

黒田

ものすごく腑に落ちました。いろいろなことが、その横軸と縦軸で説明ができますね。ヒーコの価値基準にも “ 古典を目指す ” というものがありますが、根底の考えは縦軸へのリスペクトです。

菅付

写真人口が増えて写真の裾野が広がるのは良いことです。けれどその中でも世界で活躍しよう、数億円プレーヤーになろう、世界のアート写真マーケットで成功しようという意識を持つ人が出てこないと、日本の写真業界はいつまでたっても活性化せず、ニューヨークやロンドンに追いつくどころか、ますます差が広がるばかりです。

黒田

菅付さんは何年も前から、常にその背景を意識されて写真を読まれてきたのですね。

国内で言うと、インターネットを通してグローバルにキャリアをスタートさせた方で、思い浮かぶ最大の成功者は濱田英明さんです。彼も写真を撮る上で “ 時間軸 ” を非常に強く意識している印象があります。これも縦軸と言えますよね。

菅付

僕は最も理想的なクリエイションとは、“ 発表された時に旬でありながら、時代を超えるもの ” だと思います。写真の名作と呼ばれるものは、ほとんどそうですよね。そして良い写真家は良い占い師であると思っています。先ほど、トップフォトグラファーには億単位のギャラが払われると言いましたが、その中には“ 占い料 ” も入っていると思っています。

クライアントは写真家にイメージを託すことで、クライアントの未来を占ってほしいんです。ファッション広告の場合は特に明快で、基本的に広告出稿の半年前に撮影されるので、半年以上先の未来を予見できるフォトグラファーに頼みたい。フォトグラファーがキャンペーンのコンセプトを決め、イメージを固め、モデルやスタッフを選んでいるので、そこに半年先の未来像が占われていないといけない。第一線のフォトグラファーは未来を予見し続けているわけで、それはすごい能力ですよ。

黒田

歴史における立ち位置だけではなく、未来も見ているという、まさに縦軸の話ですね。

菅付

最近のラグジュアリーのキャンペーンを見ると、白バックで商品が整然と写っているイメージもあれば、「これは一体何?」というようなイメージが組み合わされているものも増えています。世界中の人が見るものなので、当然わかりやすい写真も必要ですが、一方で誰が見てもわかるものは “ ラグジュアリー ” ではないんです。ラグジュアリーとは階級的なものですから。ですので、ラグジュアリーのキャンペーン広告はますます知能テストのようなものになっていて、その知能テスト競争の第一線で戦える人がトップのフォトグラファーなんです。

日本はクリエイターの “ 占う ” 能力が落ちているように感じます。そして、現在は横軸に広げることばかり意識している傾向にあります。その方が結果も早く出しやすいし、未来のことを考えるのは知的体力がいりますしね。それゆえドメスティックな瞬間芸的クリエイターのような人が増えていて、時を超える力や国を超える力が落ちていると思います。

黒田

おっしゃるとおりだと思います。「新・ラグジュアリー」(インプレス)という本に「美は誰でもわかるが、崇高は読み手に委ねられる」といった主旨の一説がありました。


最後に、菅付さんの写真業界における今後の活動のご予定を教えてください。

菅付

『ブルータス』のウェブ版『BRUTUS.JP』に連載「流行写真通信」を引越しして、2月末から月一連載で続けていきます。またいくつもの写真集企画がありますし、クライアントのための写真ディレクションもやる予定です。

写真が持つ瞬間性と永遠性という両義性に魅了されているので、写真と並走し、それを編集することは、結局「人はなぜイメージをつくり、残そうとするのか?」というクリエイションの根幹に関わることだと思うので、止めることはないと思います。


フォトグラファー生存戦略とは

企業のマーケティング活動をコンテンツで支援するXICO(ヒーコ)。エンジニアからフォトグラファーにキャリアシフトし、企業コンサルティングなども手掛けマルチに活動するヒーコ代表 黒田明臣氏が、広告写真業界を軸に独自の観点で様々なプレイヤーと対談。この時代をフォトグラファーが生き抜くためのヒントを、対話の中から導き出す。

ヒーコとは

企業のコミュニケーションをデザインし、クリエイティブで実装していく、コ・クリエイティブカンパニー。多角化する企業のマーケティングやブランディング活動を、プロデュースとディレクションを武器に支援。市場や媒体を横断しながら企業の付加価値を高めるための成果をお届けすることがヒーコの役割です。

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※本記事は『コマーシャル・フォト』2023年4月号の転載となります。

by Masanobu Sugatsuke

フォトグラファー生存戦略「写真が終わる前に」菅付雅信 x 黒田明臣

Jan 09. 2025

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