フォトグラファー生存戦略「“ストーリーを撮りたい”という不変のビジョン」柿本ケンサク × 黒田明臣

Dec. 25. 2025

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企業のマーケティング活動をコンテンツで支援するXICO(ヒーコ)。エンジニアからフォトグラファーにキャリアシフトし、企業コンサルティングなども手掛けマルチに活動するヒーコ代表 黒田明臣氏が、広告写真業界を軸に独自の観点で様々なプレイヤーと対談。この時代をフォトグラファーが生き抜くためのヒントを、対話の中から導き出す。

12回目のゲストは、映像・写真ともに多岐のジャンルにわたり、第一線で活躍する柿本ケンサク氏。最近では清水寺での展示やフォトフェスティバル出展などアートの分野でも注目されている。柿本氏を突き動かす原動力とは?彼のクリエイティブのルーツを聞いた。


(インタビュー実施日:2023年10月当時)

Kensaku Kakimoto

Photographer

映像作家、写真家。
映画、TVCM、MVなど多くの映像作品を生み出すとともに、広告写真、アーティストポートレイトなどをはじめ写真家としても活動。また、現代美術家としても多くの写真作品を国内外で発表。

Akiomi Kuroda

Photographer

株式会社XICO 代表取締役。
フリーランスエンジニアから写真家・実業家へキャリアシフト。ソフトウェア設計、ビジネスデザイン、B2B/コミュニティマーケティング、ビジュアルプロデュースを掛け算。自社経営をはじめ、外部顧問としてビジネスデザイン領域や事業戦略設計の支援、フォトグラファーとして広告写真制作やプロデュースなど浅く、広く、活動中。


黒田

写真と映像それぞれでコマーシャルワークとアートワークをこなす柿本さんほど活動の幅が広く、しかもすべてにおいて最前線を走っている方はきわめて珍しいと思っています。まずは、キャリアのスタートからお話を聞かせてください。

柿本

もともとは映画が作りたくて、映像関係の学校に通いながら中野裕之監督のもとでアシスタントをする機会をいただきました。編集作業の合間に自分が書いたシナリオを見てもらい、ある時、中野さんが「もう1人でやれよ。シナリオも書けて編集も撮影もできるんだし、短編だったら撮れるんじゃない?」と言ってくれたんです。その言葉に背中を押され短編シナリオを50本ほど書いていろいろな事務所に持ち込んでみたら、信じられないことに名だたる俳優さんたちが出演してくれることになり、映画雑誌のイベントに出してもらえることになりました。

そのイベント終了後に、ある映画プロデューサーから「100万円で映画を撮らない?」と誘われたんですよ。今考えれば100万円で映画ができるはずがないけど、学生だった自分には大金だったので「はい、やります!」と即答(笑)。それが最初の映画の仕事になりました。そこから3本くらい映画を作って、当時あったシネ・アミューズとかシネ・ラ・セットなどの映画館で流していたんです。でも、「これじゃ食っていけない」と気がついて、一度映画から離れて、MV の監督やアシスタントなどをしていました。

黒田

なるほど、キャリアのルーツは映画監督だったのですね。発表されている作品には、映像や初期の写真にも物語性を感じられるものが多いなと思っていたのですが、納得しました。MV を撮られることになった契機はなんだったんですか?

柿本

音楽活動をしている知り合いに頼まれたのがきっかけでした。「できる?」と聞かれて、これも二つ返事で。それから1度目の転機となったのがプロデューサーの井之上伸也さんとの出会いです。自分の作品を井之上さんに観てもらったのですが、それはそれはケチョンケチョンに言われてしまって(笑)。でも1本だけ「これだけはいいじゃん、気持ちが入ってる」と言ってもらえたのが、自分で監督兼キャメラマンをした作品だったんです。他のものは確かにキャメラマンに気を遣い、自分の意志を伝えきれていなかったなと。それで、自分で撮影もすることにしました。

黒田

そこで初めてカメラを手にされることになるのですね。柿本さんは、MV だけでなく CD ジャケットもたくさん手掛けられていますよね。ムービーとスチールでは同じカメラでも勝手は全く違うと思いますが。

柿本

ある時、「MV の世界観で CD ジャケットも作れますか?」と聞かれて、またも「できます!」と即答したものの、実はストロボを使ったことすらありませんでした。レコード会社のデザイン部の人や知人に助けてもらいながら、これくらいの予算だと特色が使えるんだとか、写真はそういったところから1歩ずつ学んでいきました。

黒田

行動力と量によって獲得された知識にはリアリティがありますね。それから広告の仕事はどのように結びついたのでしょうか?

柿本

友人がプレスをしていたナノ・ユニバースの広告仕事を依頼されました。もちろん初めてだったので井之上さんに相談したら「1人でロンドン行ってこいよ」って言われたので、現地のコーディネーター1人とロンドンの田舎町に行ったんです。田んぼとか畑とかあぜ道みたいなところで撮影しました。たった1人で、エキストラを集め、古着屋に行って衣装や小道具を自分で調達したり、現地でストロボも借りたり無茶苦茶でした。

黒田

お話が面白すぎるのですが(笑)、できる・できないは重要ではなく、“ とにかく手を動かしてみる ” というスタンスが柿本さんの活動の基盤なのですね。最近は情報が溢れすぎているからこそ、勉強で得た知識でいきなり100点を目指してしまう。それゆえに“まずやってみる”ことが難しくなってしまいがちになるんですよね。

柿本

そうなんです。たとえ知識がなくても、むしろ知らないがゆえに自分にしか作れないものを作っている人のほうが結果を残している気がします。良いものを作ろうと考え過ぎると、“ 誰かっぽく ”なっちゃうと思うんですよ。

黒田

まさしく。もちろん考えることも大事だと思うのですが、実体験や経験から学んで何かが残っているものが結果的に強い気がします。しかも、がむしゃらにやっていくほうが周りから面白がられたり、かわいがってもらえたりするんですよね(笑)。

ところで、井之上さんとの出会いが1度目の転機ということでしたが、2度目の転機は何だったのでしょうか?

柿本

ナノ・ユニバースの広告から写真の仕事が増えたので、当時のマネージャーの勧めで『コマ・フォト』編集部と『フォトグラフィカ』編集部に写真を見てもらいにいきました。先にフォトグラフィカで観てもらったら「これはコマーシャル写真。うちはアート写真雑誌だから」と、これまたケチョンケチョンに言われまして(笑)。

次にコマ・フォトへ持っていったら「これはファッション写真としては使えるけれど、広告としては弱い」と言われたんです。今でこそアートとコマーシャルのアプローチが違うことは理解していますが、当時はそういう観点がなかったから、なるほどなと。そのレビューをしてもらったあとに自分の写真を観ると、確かに「どうだ、かっこいいでしょ!」という圧が強すぎて、アートとして部屋に飾れるものではないなと思ったんです。

黒田

アートとコマーシャルの両方が結果的に成り立つことはあっても、成り立たせようと目指すことは難しいですよね。このエピソードにしても井之上さんのお話も聞いていて思ったのですが、柿本さんはアドバイスをすごく素直に受け止められていて糧にされていますよね。アートとコマーシャルが相反する点についても普通は片方に依りがちですが、ご自身で咀嚼して自分の道を生み出している感じがします。

柿本

言われてみればそうかもしれません。しばらく写真のコマーシャルワークから離れた時期もありましたが、ロケで世界中へ行き、現地のカメラマンとの仕事で刺激を受けながら、スナップだけは趣味みたいな形で誰にも見せずに撮り続けていたんです。この時に撮っていた作品群が2016年に発表し「TRANSLATOR」です。広告写真の人間、しかも厳密にはフォトグラファーではない人間がアートの文脈で写真の個展をやるとなると、物議を醸しました。「その写真で何が言いたいの?」と問われるわけです。

そんなタイミングで杉本博司さんに出会い、一緒に仕事をしていく中で強く影響を受けました。杉本さんの撮る写真は普遍的だし、広告っぽさもあるのに、ブレないものがあるんです。例えば「劇場」シリーズだと、なんてことのない劇場の静態写真だけど、そこには2時間分のドラマが詰まっています。すごいですよね。自分の写真に足りないものだと思ったし、改めて “ 写真もストーリーなんだ ” と感じました。

TITLE TRANSLATOR
20代前半より80ヵ国以上の国々を旅する中で、ライフワークとして撮り続けている、無意識に目の前にある世界の断片を撮り続けた作品シリーズ。

黒田

現代アート的なアプローチですよね。柿本さんの写真にはストーリーが内包されていると強く感じます。「TRANSLATOR」も拝見していて思ったのですが、写真が撮られた前後を連想させるカットが多かったですよね。一方でCD ジャケットなどコマーシャルワークは、グレゴリークリュードソンやエドワード・ホッパーのような群像的で作り込まれている印象が強かったですが、異なるアプローチであるにも関わらず、いずれもストーリーを感じるので驚いています。

柿本

もともと僕が映画監督を志したのは、ストーリーを撮りたかったからです。映画は誰かの人生から2時間を切り取ったものですが、写真もその人なりの解釈で日常をトリミングしたものだと思うんです。たくさんの人が生きている中で、今この瞬間に自分がどういうマインドでいるのか。それを演出せずに見せられるものがスナップ写真なのかなと。寄り道はしたけれど、やっぱり自分がやりたいものはストーリーを作ることなんだと気づきました。そのストーリーを構築していく過程に、MV や広告があって、2周くらいして、今は物語に戻ってきた、という感じです。

黒田

柿本さんがクリエイティブを生み出す過程にはまず行動があって、その行動から生まれた作品に世の中がどういう反応をしたのかを確認し、その反応からさらに学んでいく。いちクリエイターというより、ディレクターやプロデューサーといった視点もミックスして向き合われているところがユニークなんですね。

柿本

よく「どうやったら広告を撮れるんですか? MV を撮れるんですか?」と聞かれるんですけど、これって「歩いている時に何を意識していますか?」っていう質問と同じだと思うんです。自分がどこへ行くか意識しながら歩いているだけで、無意識に体の構え方や使い方が変わりますよね。それと一緒で、どうすればなれるか聞く前に、自分がどうなりたいかを思い浮かべることが大事だと思うんです。ビジョン設定が一番大事ですね。

黒田

それはすごくわかります。僕もかつて先輩方に「中途半端だ」とか、「なんでもっと写真を頑張らないんだ」と言われることもありました。それで悩んだりもしたんですけど、自分のビジョンを考えた時に、写真で上を目指したいかというと、正直そうではなかった。逆に、僕のように広く浅くできる人ってあまりいないのではという自負もあって、そこで目の前の霧が晴れたような気持ちになり、時間の使い方が変わったんですよね。結局は “ 何をやるか ” より、“ 何を目指すのか ” が大切なのかなと思いました。

CLIENT 大橋トリオ GENRE CDジャケット TITLE 「I Got Rhythm?」(2009)
CD ジャケット制作を邁進した20代。

CLIENT ナノ・ユニバース GENRE グラフィック TITLE 2007 A/W
たった1人で旅して撮影した初めての広告写真。


CLIENT カネボウ GENRE グラフィック TITLE KATE 2019SS
ムービー広告とグラフィック広告の二刀流。
CD=高橋和也(電通) AD=小沢葉純(電通)

TITLE 長澤まさみ20th Anniversary PHOTO BOOK 『ビューティフルマインド』(宝島社, 2021)
長澤まさみさんの写真集の中で「架空の広告シリーズ」と題して制作した作品は、これまでのグラフィック広告の経験が結びつけたくれたものである。

CLIENT コナミ GENRE グラフィック TITLE ウイニングイレブン PLAYING is BELIEVING!
各選手撮影15分という制約の中で、ムービーもグラフィックもこなした忘れられない作品。


フォトグラファー生存戦略とは

企業のマーケティング活動をコンテンツで支援するXICO(ヒーコ)。エンジニアからフォトグラファーにキャリアシフトし、企業コンサルティングなども手掛けマルチに活動するヒーコ代表 黒田明臣氏が、広告写真業界を軸に独自の観点で様々なプレイヤーと対談。この時代をフォトグラファーが生き抜くためのヒントを、対話の中から導き出す。

ヒーコとは

企業のコミュニケーションをデザインし、クリエイティブで実装していく、コ・クリエイティブカンパニー。多角化する企業のマーケティングやブランディング活動を、プロデュースとディレクションを武器に支援。市場や媒体を横断しながら企業の付加価値を高めるための成果をお届けすることがヒーコの役割です。

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※本記事は『コマーシャル・フォト』2023年12月号の転載となります。

by Kensaku Kakimoto

フォトグラファー生存戦略「“ストーリーを撮りたい”という不変のビジョン」柿本ケンサク × 黒田明臣

Dec 25. 2025

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