第一線でクリエイティブに携わっている方たちに、クリエイティブを生み出すにあたって大切にしている”ルール”をお聴きする連載企画「私のクリエイティブルール」。第1回のゲストは、サッポロビールでヱビスのブランドコミュニケーションをリードし、現在はサッポロ不動産開発 経営企画部でDXを推進する傍ら、後進の育成や、社外での登壇も多い福吉敬さんです。
1972年北九州市生まれ。多摩美術大学卒。国内酒類メーカーから外資メーカーを経て、2014年サッポロビール株式会社に入社。新商品の立上げ担当、宣伝室のデジタル担当を経て、2021年4月からはヱビスブランド内でメディアプランニングを担当。2023年9月より、恵比寿ガーデンプレイスなど運営するサッポロ不動産開発にジョイン。DX推進グループで、行動分析基盤の構築や業務のデジタル化を牽引。個人事業主としても、戦略プランナーやコンサルタント、デザイナーやライターとして広く活動している。最近のもっぱらの趣味は、ランニングと写真撮影。
全てはコミュニケーション
―― 福吉さんとはサッポロビール時代からのお付き合いですが、現在はどんなお仕事をされているのでしょうか?
今僕が所属している部署は経営企画部で、業務としてはITアーキテクトやデータアナリスト的な立ち位置なんですが、勝手に他部署の教育係みたいなこともやっていて、「オリエンってね」とか、「分析ってね」「制作ってね」といった話をしています(笑)。社内には、そういう業務にこれまで関わった事がない人も多いので、著作権や下請法といったようなことも含めて社内におけるデジタルとクリエイティブ思考の普及に努めています。
僕らは発注元としての説明責任があり、制作側がどのように受け取るかをきちんと考えたうえで依頼しなければ、期待したものは出てこないということを話しています。期待通りのものが出てこないのはオリエンが悪いからで、じゃあオリエンが悪いというのはどういうことなのか、正しいオリエンってどうやってやるのかについての導き手として動いています。
サッポロビールから異動してきてもう1年になるのですが、ビール会社では3ヶ月周期で物事を考えていたところから、30年周期で考えるというスパンの大きな違いに適応すべきところがなかなか大きなハードルでした。例えば、恵比寿ガーデンプレイスなども30年同じ建物なわけです。同じ場所で同じ建物で30年どう勝負するのか。新しい建物を建てるにあたっても同様に、この先の30年をどうするのかというすごく長いレンジで、コミュニケーションとか人との向き合い方を考えていかなくてはいけない。
僕は全てはコミュニケーションだという話をしています。お客様として足を運んでくださるユーザーのみならず、店子さんとのコミュニケーションも大事で、その方たちが我々の物件に価値を感じていただけないと長くご契約頂く事は難しいと考えています。それは単に家賃や機能面だけではなくて、そこにいると満足度が高くなるとか、ビジネスを展開するにあたって社員の満足度が上がるか等という情緒的な面も大きく影響していると思うんです。恵比寿ガーデンプレイスは、都内の複合商業施設では唯一と言える単館上映系の映画館を擁しています。それだけでも価値があると思いますし、さらにはコンサートホールや美術館があったり、またイベントスペースもあってとなると、都内でもコンプレックスとして全部持っているところは、実は恵比寿ガーデンプレイスくらいなんです。
じゃあ、この価値をどう言語化して伝えていくのか。それは新規の顧客に対しては「こんなにいい場所だよ」と伝えることだし、「あなた達がいる場所ってこんなに価値がある場所なんですよ。ほんとに良かったと思いませんか?あなた達がいることによってこうした場所が作れてるんですよ」という形で、既存顧客とも相互関係をきちんとコミュニケーションしていくことによって、満足度も上げていく。満足度が上がれば「うちの会社、ここにいるんだよね」と人に話してくれたりする。自然な形で、UGCを生み出す事が出来るのではないかと考えていたりします。ビール会社から不動産会社に移ったんですが、ブランドを軸に考えるという意味で、実はやっていることは変わっていないと思っています。
ブランドコミュニケーションは一方的なものではない
―― 先日までサッポロビールにいらっしゃいましたが、これまではどんなことを大切にしてお仕事をされてきたのでしょうか
(私が担当していた)「ヱビス」を飲んでることの満足度と、「恵比寿ガーデンプレイス」に訪れた際の満足度って、形は違えどそれぞれの充足感や喜びとか、このブランドと向き合って良かったという共通点があると思います。その上で人にこういうところが良いのだと語るという、UGCの話に繋がると思うんです。コミュニケーションって、一方的なものではなくて、コミュニケーションを受けてユーザーさんがどう解釈して、伝播するのか、というところまで見て初めて成立すると思っています。なので自分の中では「顧客満足度向上」が最も大事なポイントだと昔も今も考えていて、正しく自分たちのブランドの価値を伝え、受け手側が満足度を上げ、彼らが人に伝えたくなるコミュニケーションとは何なのかということをずっと追い求めていますね。
私がサッポロビールに入って初めて担当した商品が「サッポロ 百年麦芽」という商品でした。これは”フロアモルト”と言って、欧州の製麦における伝統的な製法を使って作られた麦芽を使った期間限定商品でした。この商品は、実際に資料を見てびっくりしたんですが、今は一般的に機械を使って実施する発芽工程を人力で進めるという、なかなか手のかかる工程を経て生み出される貴重な麦芽で作られていました。ダイナミックで、魅力にあふれた素材だなというのが第一印象でした。でもその価値って、どうやったら伝わるのかと考えたときに、言葉で言っても伝わらないので「じゃあ撮るか」となって、製造しているイギリスと遠隔で繋いで撮影しようという事になりました。今でこそ、ZoomとかTeamsとかで遠隔で会議するのは当たり前ですが、当時はSkypeくらいしかなくて、(制作会社の)アマナさんが契約しているイギリス人のフォトグラファーに現地に飛んでもらいました。今なら5Gとかで綺麗につながるんでしょうけど、当時はないのでガッサガサの映像でやっていました。そんな環境で、インタビューを受けたことのないような現場の職人さんにインタビューしたり、副社長に語ってもらったりして、90秒の映像を作成しました。今でこそ、90秒の映像は珍しくありませんが、当時は「何やろうとしてるの?」という反応でした。
またこの映像の音楽はno.9さん(作曲家城隆之のソロプロジェクト)に依頼をしたんですが、なぜ彼を選んだのかというと、この場所の自然や空気感などを、音楽でどう表現するかと考えたときに、彼の持ってる世界観がぴったりだと思ったからです。自分が伝えたい商品を伝える時に、どのような要素を持って伝えるべきなのかという観点から、アーティストも選定しています。さらに、no.9さんには、どちらかと言うとマニアックなファンがついているので、インフルエンサーという言葉がまだない時代ですが、ファンたちが何かを語ってくれるかもしれないと考えました。
さっき言ったように、コミュニケーションは一方的に流すのではなく、見てもらって解釈して、その人達が言の葉に乗せて伝えていってもらって初めて成立する、と考えているので、「百年麦芽」の企画はそのようなことを目指して設計しました。
もう一つは、メルシャン時代に実施した漫画「神の雫」とボージョレーヌーヴォーのコラボレーションです。当時の上司がやろうと思ってるという話をしていたので、先方のライツの方々と何度も交渉を重ねてコラボを実現しました。色々制約のある中での仕事でしたが、作家さんも担当の方も非常に協力的で、単なるラベルコラボに留まらない複層的な取り組みが実施できました。それが結構好評で、僕が担当ではなくなった後も数年続いたと聞いています。
通常のコミュニケーションって、タレントに頼ることが多いと思うんですが、僕はあまり頼りたいと思っていないんです。というのも、タレントが本当に我々のブランドが好きで飲んでくださっているのであれば、ファンの方もそのタレントの日常にブランドが存在することを知っていると整合性が取れる、つまりブランドインテグリティが保証されるわけです。しかし、去年は別のCMに出てた人が、今年うちに出たとしても、ファンの人からすると、「去年はこのブランドのCMに出てたのに」と感じると思うんです。そうすると、多かれ少なかれブランドインテグリティを毀損することになってしまいます。僕はコミュニケーションを考える際、必ず「ブランドとの整合性が取れるコミュニケーションとは何か」という考え方で企画を構築するよう努めています。「お客様との約束」が大事だと思うんです、コミュニケーションって。
「ヱビス」の時にやったことで言うと、渋谷のバーテンダーに小説を書いてもらうという企画をやったんですが、これはお酒のプロフェッショナルであるバーテンダーさんが、文章を書ける人で、その人が推薦する、ということであれば整合性が取れるなと、だったらいいのではということでやりました。なので、やっぱり整合性で、ブランドの伝わり方として違和感を感じない方たちとか、コンテンツとコラボレーションするというのは大事にしています。
ファンを裏切らないこと、商品を買ってくれる人、場を信じてくれる人を裏切らないことを大事にしています。
いろんなやり方がありますが、僕は基本はプロダクトヒーローで行きたいと思っています。商品そのものの価値をどのように伝えていくのか、その時に取る手段に外部要素が必要であれば取り入れますが、ただ中心になるのはやっぱりそのブランドの価値です。そのコアバリューがあって、コアバリューを膨らましていく時にどのような手段を取るべきか、という順番だと思っています。なのでタレントありきというよりも、最後にそのタレントが必要であれば使うという考え方です。その辺りのプロセスが、他の人達とは違うのかなと思います。なので、代理店のCDの方たちとも意見が合わないことが多いですね(笑)。タレントありきの企画とか持ってこられても「この目的何なの?」って普通に真顔で聞いてしまうので、扱いづらいクライアントだと思います(笑)。
―― 最近代理店に頼まず自社でオウンドメディアでコミュニケーションをすることが当たり前になっていますね
コンテンツコミュニケーションが少し難しいのは、メインでやってるコミュニケーションとオウンドでやるコミュニケーションが全く一緒にはならないことだと思います。そこで大事なのは、太い幹がどこにあって、その太い幹からぶれてないかを俯瞰的に見ることができるPMみたいな人が社内にいるかどうかです。こういう少し引いた目線で正しく観察し、判断できる人がいないとブレブレになってしまいます。よくあるパターンは、メインはタレントを使って、キャンペーンではスーパーのチラシみたいなことやって、サイトに行くと商品頑張ってますみたいなことやって、どこ見たらいいのみたいな。あれって、部署が分かれてるパターンもあると思うんですが、上からこうであるという概念を落としていないからだと思うんです。「ブランドの幹のところはぶらさないで、枝葉のところはある程度自由にやってもいいけど、でも公開前に必ず一旦見せてね」みたいなことが言える人を育成していく必要があると思います。
今は配信チャネルがすごく増えています。例えば、”テレビ”と言われているものでも、地上波とTVerとは同じようで枠が違ったりします。TVerに関しては地上波と違ってデジタル媒体専用の素材と地上波用の素材を混在させて流すようなケースもあります。見る人やタイミングによって、毛色の違う素材に接触する可能性があるわけです。そうなると、地上波用に作った素材とTVer用の素材で、ちゃんと整合が取れてるのかといった話も考えていかないといけない。これからのインハウスの制作陣や、メディアプランナーは今まで以上に中の人のスキルが問われるようになっています。
あとは、そのブランドはどんなものであるかという言語化が重要です。論理的にその商品自体の価値を、USPとファンクショナルベネフィットとエモーショナルベネフィットに分解し説明する事が出来るのか?そして、その分解した商品の価値を組み合わせて、コミュニケーションにおいてはどう表現すべきかを一言で表すことができるのか?これを自分の言葉で明瞭に言い表せられない人が担当だと表現はバラバラになってしまいます。逆に、きちんと語れる人が担当として立っていれば、それぞれの個性を面によって作りつつも俯瞰するとぶれていないメッセージを発信することができるようになる。なかなかハードルが高いのですが、今の時代はそういうスキルがより一層必要になってきていると感じています。
ブランドマネージャーとか、社内のプランナーとかの権限を上げていく。そして新たに担当になったメンバーには学ぶ機会を作っていかないと、ブランドコミュニケーションは価格政策と店頭プロモーションみたいなものに飲み込まれていくのではないかと思います。なので、昔以上にブランドコミュニケーションのあり方を考えないとブランドが生き残りにくい時代になったんじゃないかと思います。
私のクリエイティブルール
―― 既にたくさんのルールが出てきていますが、改めてこのインタビューのテーマでもある「クリエイティブルール」について、お聞かせいただけますか?
まず、<誰に、何を伝えて、どうしてもらいたいのか、を整理してコミュニケーションしていく>、<商品そのもの、ブランドそのものの核となる価値は何かを明確にしていく>、そして、<その結果がどうだったかというのを検証する>ということが重要だと思っています。
検証については、良かったことも悪かったことも詳らかにしていくというのが重要だと思っています。悪かったことは隠蔽したくなるんですが、失敗の中に学びがあると思っているので、なんで失敗したのかということを皆で共有することで、完全には避けられないにせよ、ある程度避ける事ができる。そうすると練度が上がっていくと思うんです。
あと大事なことは熱量。自分の向き合ってる商品やブランド、場所があった時に、それをまず100%信じて、それに向き合っていないコミュニケーションは絶対にうまくいかないと思うんです。僕は、「one true passion」とよく言うんですが、これがない人はコミュニケーションに向いてないと思っています。たとえ代理店のCDでいろんな商品に向き合っていたとしても、その瞬間は向き合っているブランドに対して100%の情熱を持って向き合うということがすごく大事だと思ってて。それを作業としてこなしていく人とは仕事したくないなと思います。僕自身も、いろんな商品やブランドのお手伝いを依頼されたりするんですが、信じていないものや好きではないものは受けられないんですよね。
僕の人生の矜持は「散りてこそ華」なんです。今、この一瞬一瞬を燃え尽きるくらいに生きないともったいない、と思っているんです。ここは温存、という発想はないんです。僕、最近痩せたんですが、実はこの4ヶ月くらい毎日10km走ってるんです。その結果、12kgぐらい体重が減りました。これも結局、決めたことをやり切るということなんですが、集中して何かをやりきって結果を出すと次に行ける。なので、この年齢になってもやると決めたことを信じてやるということを実生活でも実践しています。なので、ゲームやるときはずーっとゲームやっています(笑)。
ちょっと青臭い言葉でいうと、生きてる実感をとにかく掴み続けたいと思っていて、常に全力とまではいかなくても、90%くらいは出してやらないと、成功しようが失敗しようが、そこに喜びも悲しみもない気がしていて、やるんだったらおかしいと言われてもやるということは続けています。
今は身体を作ることに集中していて、自分の体重とか全部分析してるんです。どういうことをすると増える、減る、その時に体調がどうだとどれだけ落ちるとか、気温がどうだとか、全部データを取ってるんです。なので、この日は朝の体重はこうだけど、多分走って帰って来るとこのくらいだろうなと予測を立てて走るんですが、最近は当たるようになってきました。今のルートが決まるまでに5、60ルートくらい走っていますし、走る時間も最初深夜1時スタートから始めたんですが、今は完全に朝方になって5時半に起きて家事全般やってから走りに行く、という形になっています。それも全部検証の結果です。
年内には10kmマラソンに出ようと思っています。いずれはハーフマラソンに出ようと思っていて、それは今までやったことがないことをやるということで。常にクリエイティブをやる人って新しい体験をインプットし続けないと、アウトプットできないと思うんです。なので自分は新しいことに挑戦するということをこの歳になってもやっています。僕は止まったときが死ぬときだと思っています。制作、コミュニケーションに関わるのであればフルオンで生きるのが一番いいですね。やっぱり吸収することは忘れないし、諦めないということです。どうやって時間を創出してるんですか、とよく聞かれるんですが、時間って作ろうと思えば作れるものだと思っています。
インプットという意味では、娯楽小説を読むということもやっています。マーケの本も読むんですが、想像力は働かないので。左脳には効くんだけど、右脳には効かないというか。娯楽はやっぱり右脳に効くんですよ。そういう、人によっては「無駄」だと思う事こそが自分の枠を広げてくれると思っています。あとはサブスクで映画やドラマもよく観ます。日常とは全然違う世界に没入することで、切り替えられるんですよね。
僕は所謂マネージャーとは違うのですが、職人的な意味合いでの指導者的な立ち位置にいるんです。そういう立ち位置なのもあり、社内に限らず自分の周辺で悩んでる人たちの導き手として動かなきゃいけないということを考え、いろんな角度の意見を出せないといる意味がないと思うので、それでインプットを増やしていくとか、体験を増やして行っているというのもあります。
まぁ、異常なまでの好奇心のたまものでもあるんですけどね。
クリエイティブをデータで分析出来る時代になった
―― 最後にクリエイターへひとこといただけますでしょうか
クリエイターの方たちって、データをあまり観ないところがあると思うんです。だけど僕は自分の作ったものが、誰に、どのように評価されているのかということに対して、データを取ってみるべきだと思っています。例えば、Instagramだったら、いいねがついてよかった、コメントが付いてよかったではなくて、その人は何回も来てる人なのか、そうじゃないのか。じゃあ、その人はどこから来たのか、というようなことにもっと興味を持つと、自分の作品がどこに伸ばせる可能性があるのかというのが見えてくると思うんです。クリエイターの持ってる特性って、ブランドのコアバリューと同じだと思っているので、その人の中心的価値であり、それは視点なんですよね。視点と解釈の仕方っていうのはすべてが固有のもので、真似できないものなんです。その部分って変わらないと思うんです。なので真似できない部分は必ずあるので、それが何なのかを知って、その上で誰が評価してくれていて、その人達にどう伝播をしているのかを知ることで、もっと広げることが出来るはずなんです。なので作り手の人には、必ず自分のやっていることを分析して欲しいと思っています。
クライアントがいる仕事をしている人も、クライアントにどこがいいと思ったのか、どこがちょっと不満だと思ったのか、次どうすると良いと思うか、さらには出たチャネルでどのように観られたのかといったことを会話して欲しいと思います。今の時代って、数値で評価を出せる時代なので、それを分析していくことで自分の持っているクリエイティブのいいところと悪いところを可視化出来るわけです。可視化できれば、悪いところは修正すればいいし、いいところは伸ばすことが出来るので、よりよいクリエイティブをデータ分析を基につくることが出来るんです。これは、今の時代のクリエイターにしかできないことなので、ぜひやってもらいたいですね。