2025年1月29日(水)から開催される写真家・酒井貴弘さんの個展「Reminiscence of the Planet -China-」の準備過程を追いながら、今回展示のディレクションを担当した私の目線でご紹介したいと思います。近年、SNSでの写真共有が主流となる中で、あえて「リアルな場での展示」を選ぶ写真家が増えています。その理由と、写真展開催のプロセスを追いながら、これから写真展に挑戦しようという方の一助となれば幸いです。
長野県出身、関東を拠点に活動。ソーシャルメディア時代ならではのアマチュア写真活動から2019年にフォトグラファーとして独立。人物写真を主軸に広告や漫画誌、カルチャー誌、写真集、映像など分断のない領域で活動の幅を広げている。SNSでのフォロワー数は、延べ18万に及ぶ。近作は、NGT48・本間日向1st写真集「ずっと、会いたかった」、西垣匠1st写真集「匠-sho-」、私が撮りたかった女優展vol.3参加など。2024年4月よりCo Agencyに所属。
京都出身。ビジネスプロデューサー。IT・広告・写真関連の会社のマネジメントや経営者を歴任。 プロデューサーとして著名メディアアーティストの大規模写真展及び写真集・作品販売のプロデュースや、写真コンテンツを活用した各種新規事業・イベント・企業タイアップ等のプロデュースを行う一方、フォトグラファーとして、各種Webメディアでの著名人・文化人の撮影や企業イベント取材等の撮影を行う。
写真展を開催するということ
SNSでの写真共有が当たり前となった今日、なぜ写真展なのでしょうか。取材を通じて見えてきたのは、物理的な空間だからこそ生まれる新しいコミュニケーションの形でした。
写真展は特別なものという固定観念がありますが、実はとても身近な表現方法なんです。
写真展というと専門のギャラリーで開催するというような敷居の高いイメージがありますが、実際には街のカフェや小さなギャラリー、コワーキングスペース、時には古民家を借りてポップアップ形式で開催するなど、身近な場所で見つけることができます。
デジタルとアナログの共存
SNSでの発信は即時性があり、多くの人に見てもらえる素晴らしい方法です。一方で、プリントされた写真には画面では表現できない豊かさがあります。
実際のプリントでは、微細な階調表現や質感、サイズ感など、デジタルでは得られない体験が可能になります。さらには、誰かと一緒に観て感想を言い合ったり、直接作家から話を聴くことができるなど、オフラインならではのコミュニケーションも生まれ、写真の楽しみ方も広がるということも、写真展の魅力ではないでしょうか。
プロジェクトの始まりから実現まで
アイデアの種から企画へ
2024年8月、仕事で行った中国・重慶でスナップの撮影をした酒井氏から「世界各地で撮影を続け作品化していきたい。写真展の開催や写真集などの形でまとめていきたい」という話が持ち上がりました。
元々、作品の8割はポートレートだったという酒井氏。
スナップの写真も撮ってはいたが、自分なりの表現に落とし込むことに苦手意識がありました。でも、中国で集中的にスナップに向き合う機会があり、その過程で自分の写真への理解や感覚が深まったんです。そして単純にもっと写真を撮りたいと思いました。
そうしてご自身のプロジェクトとして「Reminiscence of the Planet / 惑星の追憶」というテーマでの作品制作がスタートし、更にその思いに応える形で、写真展プロジェクトがスタートしたのでした。
プロジェクトの初期段階で重要なのは、展示のコンセプトを明確にすることです。今回の『Reminiscence of the Planet』シリーズは、”惑星の追憶”という意味を持ち、写真を見返した時に感じる”断片的な記憶”をテーマにしています。それは個人の記憶なのか、それとも惑星そのものが持つ記憶の一部なのか—そんな問いかけを含んだテーマ設定が、展示全体の方向性を決定づけました。
理想の会場との出会い
会場探しは、写真展実現への大きな一歩となりました。様々な貸しギャラリーの候補を検討する中、やはりレンタル費がネックに。その時、ちょうど所属するヒーコが恵比寿の新たな拠点へ移転するタイミングと重なるため、新設されるスタジオスペース「Co Studio」のオープン準備期間で開催できることに。本来スタジオとしての空間であり展示用のスペースではないこともあり、壁に釘を打つことができないなどの制約もあるため、天井から作品を吊るすなどの方法を検討する必要に迫られます。しかし、そうした制約を逆手に取り、オリジナリティのある展示方法を作ることも可能なのでは?そうしてCo Studioは酒井氏にとって理想の会場となりました。
なお、会場選びのポイントは、作品との相性はもちろん、アクセスのしやすさや、搬入出の便利さなども重要な要素となります。また、自然光の入り方や壁面の状態、照明設備なども、展示の見え方に大きく影響します。
会場下見の際は、光の変化で、展示の印象が大きく変わることがありますから、できれば日中の時間帯に訪れることをお勧めします。
緻密な準備の日々
12月中旬、まもなく会期まで1ヶ月に迫ろうという頃には具体的な展開についての打ち合わせをプリントやデザインをお願いするパートナーたちと実施。展示作品の選定やZINEの仕様検討、さらにはキービジュアルの決定など、具体的な形が見え始めました。デザイナーには、DMやポスターやZINEの表紙デザインを依頼し、写真展という「場」を作り上げていく過程で、多くの専門家との協働が始まっています。
写真を一枚一枚で見るのと、展示をするのとでは別の視点が必要になります。写真と写真の間に生まれる物語性や、観客の動線を考えながら構成を考えていきます。
展示作品の選定では、個々の写真の強さだけでなく、作品同士の関係性や空間での見せ方も考慮に入れます。
開催にあたって乗り越えるべき壁
写真展の開催を考える際、誰もが直面する大きな課題が費用面です。
主な出費となるのは会場費とプリント制作費。今回は、会場をヒーコのスタジオスペースからお借りすることができたため会場費の課題を解決。さらに、プリント制作においては高品質な用紙と印刷で定評のある三菱王子紙販売(ピクトリコ)社より、用紙の提供と一部の作品のプリントの協賛を得られたことで、理想的な品質を保ちながらも現実的な予算内での実現が可能となりました。
費用面での工夫は様々な方法があります。今回のようにスポンサーが見つからない場合でも、無料もしくは安価で展示スペースを貸してくれるカフェなどもありますし、数名でグループ展としてコストをシェアするなどの方法もあります。また、昨今はクラウドファンディングを活用する方法もあります。
写真展の開催は、決して特別なことではありません。費用面でも、様々な工夫や協力関係の構築で実現可能です。
低い壁ではありませんが、その先にある写真展開催を目指してぜひ乗り越えていただきたいと思います。
こだわりのプリントと展示方法
プリントの質は展示の成否を左右する重要な要素です。用紙の選択も慎重に行う必要があります。今回は協賛いただいた三菱王子紙販売(ピクトリコ)社より、まず用紙サンプルを送っていただき、それを見ながら用紙を決定しました。光沢紙か半光沢紙か、あるいはマット紙か、作品の特性や展示環境に応じて適切な用紙を選択します。また、プリントサイズも重要な検討事項です。
作品それぞれに適切なサイズがあります。大きければいいというわけではなく、観客との距離感も考慮しながら決めていきます。
また展示方法にもこだわっています。今回は会場となるCo Studioが工事期間中での準備ということもあり、工事の進捗に合わせて何度も足を運びながら、徐々にイメージを固めていきました。図面や実際のスタジオを撮影した写真を元に、作品を配置し、何度もシミュレーションを重ね、そして会場で確認する。その繰り返しの中から、展示方法が固まっていきました。
見せたい作品をどんなプリントで、どんな順番で展示をするか。それによって伝えたいメッセージがどのように伝わるのかが変わります。この点が最も重要で難しいのですが、写真展を準備する上での醍醐味でもあります。
今回は自身でプリントや額装、また設営も行うため、緻密に採寸しながら、試行錯誤の末、展示作品とプリントサイズなどが決定しました。
効果的な告知と集客
写真展の成功には、適切な告知活動も欠かせません。今回は、SNSでの情報発信に加え、写真関連のウェブメディアへの掲載依頼や、DMの配布なども行っています。なお、今回DMを始め、ポスターやZINEの表紙のデザインについても、知り合いのデザイナーに依頼をすることで、スケジュールが厳しい中でも、迅速に、また高品質に対応をいただくことができました。
写真展で生まれるコミュニケーション
会期中、作品を見に来てくれた人との直接的な対話は何物にも代えがたい体験。SNSでは得られない、リアルな場での交流は、作品への新たな視点を与えてくれるだけでなく、次の創作への大きな励みとなります。
写真展では、思いがけない出会いがあります。作品について話すことで、自分でも気づかなかった新しい解釈に出会うこともあります。
また、展示空間での作品との出会いは、観る人それぞれに異なる体験をもたらします。その多様な反応に触れることも、写真展の大きな魅力の一つとなっています。
Information
酒井貴弘 個展「Reminiscence of the Planet -China-」
会期:2025年1月29日(水)〜2月2日(日)12:00〜20:00
※1月28日(火)はレセプションを開催(招待制)
会場:Co Studio
住所:〒150-0012 東京都渋谷区広尾1-15-7 Style & Deco Building 3F
主催:酒井貴弘
共催:株式会社ヒーコ
協賛:三菱王子紙販売株式会社
あなたも写真展を始めてみませんか
写真展の開催は、決して簡単なことではありません。
SNSだけで発信する手段もあるが、あえて展示にしたいと思いました。展示にするには思考する時間や実際に動く労力や費用など、SNSで発信する以上に多くのことを費やすのでより写真と向き合うこととなる。そうすることでより深く写真と関わることができ、そこから見えてくるものがあるのです。
しかし、そう酒井氏が語るように、写真展には写真展でしか得られないものがあります。小規模なスペースから始めることもできますし、仲間と共同で開催することも可能です。プリントを実際に見てもらい、直接感想を聞く体験は、きっと新しい写真表現への扉を開いてくれるはずです。
写真展という形式が、デジタル時代において誰もが体験できる新しい写真との向き合い方であることを、本展は教えてくれそうです。